○茶道寺さんと夢紀行純情派○


 半端な時間に目が覚める。

 まだまだ深夜だろう。 周りから寝息が聞こえる。
 ”自分の部屋ではない、だが何処にいるのか判らない”という経験が、茶道寺には無かった。

 ここはライオンさんの道場。
 お祭以来何度か同じメンツで飲み会を開いている。 今は宴の後、という訳だ。 だが自身の身体の一部に大きなコンプレックスがあるからだろう、酔って何かしてしまうのもされてしまうのも嫌な為、酒に酔ったためしが無かった。 学生時代からずーっとだ。 

 皆を信用していない訳じゃないんだけどなぁ……

 寝息が聞こえる方を見ると、店長さんが丸くなってスースーと寝ていた。 そしてそこから遠く壁際で、また脱いだのだろう、無理矢理服を着せられたっぽい狼さんが大の字でグーグー寝ている。 そして狼さんを店長さんから引き剥がしたであろうライオンさんが、狼さんの足をつかんで座ったまま静かに寝ていた。

 思わず顔がほころぶ。 店長の近くに静かに擦り寄り、そっとその寝顔を見る。

 狼さんには友達として随分好かれているし、ライオンさんには多分惚れられている(バレてるバレてる)。 
 仲間に囲まれ、店長さんが幸せそうなのが、何より嬉しい。

 虎の獣人さんが幸せでいるのが嬉しい。
 代替行為であることは判っている。 店長さんはあの人じゃない。 それは判っているのだが……


「店長さんの寝顔、カワイイですか…?」


ギャッ!!!!!!!!

 振り向くと、竜神様がニコニコしながら自分を見ていた。 全裸で

「……そんなんじゃないっすよ。 それより褌ぐらい穿いて下さい」
「店長さん、良い寝顔されてますよね」


 スルーっすか。 イチモツ丸出し続行っすか。


「昔は随分と寂しい思いをされたそうですが、今は楽しそうで何よりですな」
「……そうなんすか?」
「高校2年生の時にご両親の離婚で苗字が変わったとか、多感な時期には大変だったでしょうな。 元々あまりお友達もいらっしゃらなかったそうですし―」
「ちょ、ちょっと待ってください……苗字が変わった? じゃ、こ……高1の時って大河原(おおかわら)じゃ無かったんですか?」
「えぇ、確か違ったはずですよ。 教えては下さらなかったですが、響きがあまり好きな苗字ではなかったそうな」
「……店長さんの名前、何ていうんですか……?」
「ん?」
「トラトラ店長ってあだ名、もしかして……名前から来てるんじゃないですか……?
虎鉄(こてつ)さんですな。 フルネームで大河原 虎鉄(おおかわら こてつ)さんです。 大河原の『大河(タイガ)』と虎鉄の『虎』で『トラトラ』……」


 茶道寺の表情が見る見る変わっていく。 驚き、焦り……そして真剣な眼差しを源司に向けた。

「竜神様って神様なんすよね?」
「? えぇ、まぁ」
「何でもします。 言われた事なら何だってしますから、俺の願い、一つだけ聞いてくれませんか?」

 表情には出さず、だが心の中で源司は小さな溜息を漏らした。
「(……困りましたね。 たまにいらっしゃるんですよね、こういう方。 漫画か何かの読み過ぎでしょうか……?)」

 無下に断るのも気が引けたので、源司は再び心のなかで手をポンと叩いた。

「そうですね、では全裸で星見町を一周というのはいかがですかな?」

「そんな事で良いならいくらでもします。 今からで良いですか? それとも日中、人が多い時間帯の方が良いですか?」

 表情ひとつ変えずに、茶道寺は返答した。

「(……素で返されてしまいましたね、申し訳無い事をしました)」
「(本気……ですな)」

 外見的には全く変わっていないように見えるが、源司は先程とは明らかに違う心持ちで茶道寺に向き合った。

「すみません、今のはほんの冗談です。 叶えられるかどうかはともかく、まずはお話を聞きましょう」




 頭が重い、飲みすぎたかな……
 ていうか、っつうか、何か自分……何してんだ……?
 尻の感触、服の感触、腕の感触……何だコレ……? 机らしき物に座って突っ伏している。
 恐る恐る顔を上げてみる。 そう、この感触、どう考えても……


高校の教室だ。

「な、なんじゃこりゃぁああああああ!!!!!?」

 思わず大声を張り上げる。 教室中がビクッと自分を伺い見る。 

 間違いねぇ、この居心地の悪さ、高2か高3の時の教室だ。
 さっぱり訳が判らねぇ、自分、店長だよな? ウン、記憶がある、たしか道場で飲み会してたよな!? つうか、、何で店長の頃の記憶があって、高校の頃の自分に性格戻っちまってるんだ!? 言葉遣いもめちゃ悪いじゃねぇか……!!

 そんな店長、もとい、虎鉄君の疑問を一発で薙ぎ払うものが彼の視界に飛び込んできた。
 教室のドアがガラガラと開き、教師?が入ってきたのだ。


「はーい、皆さんはじめましてー。 臨時講師を務めますー…」


「ぅおぉおおおおおおおおおい!!?」

 もう犯人判った! 背広姿、超似合わねぇ!

「な、な、何してくれてんだよコレ!?」

(お静かに願えますかな?)
 うぉ! 頭ん中に源司さんの声する! テ、テレパシー…!!? コワッ

(な、何なんすか、コレ!?)
 強く頭で念じてみる。

(多分勘違いされているかと思いますが、これは過去ではありません。 店長さんの『過去の記憶』の中です)

 うぉっ、通じた! つか、何? 記憶…?

(簡単に言うと『リアルな夢』ですな。 高校時代にあまり良い思い出が無いと仰られてましたから、少し楽しいイベントでもと)

 ……呆れてものも言えない。

(……余計なお世話っすよ……。 つか記憶だけ楽しくしたって意味無いじゃないっすか。 過去が変る訳じゃなし)

(『現実の過去』も「『記憶の過去』も、今では同じ『想い出』でしょう?)

 何だろう、上手く言いくるめられそうな流れだぞ……?

(いや、でもこんな過去、思い出したくも無ぇっつうか……)



「では早速ですが、転校生を紹介しまーす」

 スルーかよ。 ……つか、転校生……?
 嫌な予感がする。 そしてそれは、見事に的中!


「何してんだよ、あんたらまで!!!!!」

 ツラッとした表情のタンさんナギさん、唯一茶道寺さんだけが気まずそうにしている。

(おい、源司さん! めちゃくちゃだぞコレ!? 俺とタメってナギさんだけだろ! タンさん俺より3つ上だし、茶道寺さん随分下じゃなかったか!?)

 返答なし。 そうかよ、スルーかよ!

 と、教室中がざわめき始める。

 何、転校生3人ってどういう事?
 高2のこの時期に転校生……?
 ていうか、何? 教師も転校生も「鬼河原(おにがわら)」の知り合い……?

 ウッと黙る虎鉄君。 あまり教室では目立ちたくなかった。 黙って椅子に腰掛ける。 だが、ふと気付いた。
 茶道寺さんが、何か……怒ってる?


「じゃぁ転校生諸君、自己紹介をお願いします」

 竜神様は、いたってマイペースだ。

「茶道寺 愁哉(しゅうや)です」

 へぇ、茶道寺さんって『愁哉』っつうんだ?


「それから今『鬼河原』って言ったヤツ、前に出て来い。 ぶっ殺してやる


えぇええええ? どうした、茶道寺さん!?

「じゃ、はい次」

「貴様らに名乗る名など無い」

おぉおおおおおい!!!

「ちなみに私の耳は誰が『鬼河原』と言ったか聞き分けている。 安心して眠るが良い。 永久(とわ)にな

 ……あ、あんた本物のタンさん…? もっと面白キャラだよ、あの人?

「じゃ、最後の一人ね〜」

「ナギだ。 偽名だが気にするな」

 も、もう言葉も無いよ……つかこの頃って両目あるんだ。

「あぁ、それと『鬼河原』って言った貴様、来月の妹の誕生日、楽しみだな?

怖っ! 素で怖ぇよ!!!!!

「はぁい、じゃ、自己紹介も終わったところで、明日からの修学旅行についてお話ししまーす」

そんな時期か!?

「転校生も入った事ですし、班分けからやり直しましょうか」

 これには教室中大ブーイング! そりゃそうだろ、班どころか行動予定まで全部決めちまってる。

「…何ですか? 転校生達を仲間外れにするつもりですか?」

 見ると3人とも目頭を手で押さえている。
 ありえねぇだろ、大根役者ども!!

「じゃ、とりあえず3人の希望を聞きましょうか?」

「「「虎鉄君との班がいいでーす!」」」


 ……ハモりやがった。 まぁ、話の流れからいったらそうだろうな……

「なるほど、でも大河原君にも今組んでいる班の仲間がおりますしなぁ」

「あ、俺らならいいっすよ。 そっち知り合いみたいだし」

 元同じ班のメンツが首を揃えて頷いた。
 あっさりしてんな。 まぁ当然か、こいつらにしてみりゃ願ったりだろう。 じゃんけんあたりで負けて同じ班にされたんだろうし(休んだから知らない)。 現地でもすぐ別行動したしな………。

 だがそこで、教室中に
ガァン!というでかい音がした。
 茶道寺さんが壁を蹴ったのだ。


「お前ら、何あっさり引き下がってんだよ……? 仲間じゃなかったのか、アァ!?

 教室中ドン引き中。 ナギタンコンビは黙って指をボキボキ鳴らしている……。


 
どうなる修学旅行!? どうなる茶道寺イベント!!?


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