修学旅行・地獄編☆


 店長、もとい虎鉄君と楽しくなるはずだった修学旅行。
 だが茶道寺の計画は、早くもご破算状態だった。


原因1:3人のはしゃぎっぷりに振り回されっぱなしの虎鉄君、
超不機嫌!
原因2:結局、一人別行動を取ろうとする虎鉄君を追いかけていき……

現在、地元の不良どもと大乱闘中。

 しきりに「付いて来るな」を連発していたのはこういうことか……!

「だから言ったろうが! こうなったって憶えてたんだよ!! 一晩中続くぞコレ!」

 だがここで、采配ミスかと思われたナギタンコンビのこの世界への同行が始めて吉と出た! 二人はお互いを「動きが悪い」だの「手を抜くな」だのと罵りあいながらも、バンバン不良共をぶっ飛ばしていく! 虎鉄君こと店長さんも信じられないほどのバトルモード全開状態! これがまた超強い!!
 そう……

 問題は、自分であった。

 先程より、しこたま殴られている。 相手のことも殴ってはいるが、圧倒的に喧嘩の経験が無い。 腹だの顔面だのをかなり殴られている。
 駄目だ、完全に足手まといだ、俺……!

 何で……俺は……


「茶道寺さん!!」

 突然の叫び声に我に帰る! 虎鉄君の視線の先、自分の背後に目をやると、角材を振りかぶった牛獣人の大男が眼前に迫っていた。

 頭が真っ白になる。 本当、何やってんだろ、俺……

 だが、角材は当たらなかった。 僅かに背中をかすめたのみである。 虎鉄君がグイッとこちらの体を自身の胸元に引っ張ってくれたのだ! 間一髪、制服の背中が裂けたにとどまった……!
 ゼェゼェと情けない声が口から漏れる。 顔も腫れてる。

 ダセェ、最悪だ……俺……


てめぇら・・・・・・・・・

 その時、茶道寺の耳に声が響いた。 押し殺した、地獄の底から響くような、深い、低音の呟き。


「俺のダチに何してくれてんだ!!!」

 呟きは刹那に咆哮へと転じ、その場にいる全員を凍りつかせた。
 隙を突いてナギが角材男とこちらの間に割って入り、相手を後方へと蹴り飛ばす! 
うぉ、狼さんスゴッ!!

「お前ら、どっかで隠れてろ!!」

 ナギが吼え、くいっと顎で角材男を吹っ飛ばした反対方向を示す。 その瞬間、師範がそこにいた数人を薙ぎ払った! 動き見えねぇ……!!
 疲労しながらも呆気に取られている茶道寺をバッと肩に担ぐと、虎鉄は勢い良く走り出した! そのあまりのスピードに茶道寺は心底ビビッた! 

自分の周り、バケモノばっかりだったよ!!?

 その場に残った狼さんとライオンさんが、何かを話している。 二人とも何か余裕だ。 声は流石にもう聞こえないな……


「ほぉ、今のはいい動きだったじゃねぇか、オッサン」
「……ようやく顎下の鬣の邪魔臭さに慣れてきたところだ」
「へぇ、俺はてっきりキバトラに本気の自分を見せたくねぇのかと思ったぜ?」
「フン、貴様と一緒にするな」

 話している間にも、不良共はワラワラと集まってくる。 二人を取り囲んでニヤニヤしている。
 数分後、彼らは気付くんだろうな、自分たちが何を相手にしたのかを……。

 
店長さんの記憶の中の住人とはいえ、ご愁傷様です……。



(……ここ、自分の記憶の中だよな……あんな角材持った奴、いたっけ……?)

 疑問が浮かぶも、虎鉄は暫く走って人気の無い公園を見つけ、考えを止めた。 ここなら茂みに身を隠せるし、意外と広いから退路も確保できそうだ。
 茂みの影に茶道寺を降ろし、顔に触れる。 腫れが痛々しい。 茶道寺の息が整うと、半身を起こさせた。


「上着脱げ。 背中、見せてみろ」

 虎鉄の声に、茶道寺が驚く。 深刻な声だ。

「あの、だ、大丈夫っすよ。 背中、全然痛くないですし……」
「いいから脱げ!!」


 ビクッとして、茶道寺はそのまま指示に従い、制服とTシャツをいそいそと脱いだ。

 背中には、裂けた様な傷は無かった。 先程は一瞬、制服の裂け目から赤いものが見えたのだが、そういやTシャツ赤かったっけと、虎鉄も胸を撫で下ろす。
 だが、安心した彼の視界に、妙なものが映った。

 茶道寺の全身にうっすらと引かれた幾本もの細い線。 
 ……何だ、コレ……? 指で線をなぞってみる。
 その感触のくすぐったさに、茶道寺がビクッとなる。


「な、何すか…?」

「お前、この線…何だ…?」


 線……?

 そこで茶道寺は、事態の深刻さに気が付いた。
 今の自分の身体は高校時代のもの。 この当時はまだ消えていなかったのだ

 そうしてようやく思い至った。 何故、竜神様は自分の願いをこんな中途半端な形で叶えたのかということに。



「過去には戻れませんよ」


 それが竜神様の答えだった。


「過去を変えることは出来ませんから。 出来て、その人の過去の記憶に幾分か干渉するのみです。 それもせいぜい2,3日程度」

 その答えを聞いたとき、ならせめて楽しい思い出をあげたい。 そう思った。
 違う。 俺がすべきなのは、そんな事じゃなかったんだ。

 見透かされていた。 また俺は逃げたんだ。 竜神様は、俺に懺悔の機会を与えたんだ……。

 茶道寺は振り返り、虎鉄君をじっと見た。
 もう、隠せるはずもない。
 立ち上がると、そのままズボンも、下着も脱ぎ捨て、そのまま膝を着いた。
 虎鉄の目に、茶道寺の長大なイチモツが映る。 だが、最も彼の目を引いたのは、その大きさでも長さでもない。

 そこにも付いていた、細い線である。


「カッターの、傷跡……?」

 自身の口から出た答えに、虎鉄は驚いた。


「憶えてますか……? 神社で苛められていた、小学生の事を……」

 うつむいたまま、茶道寺が話し出した。

 憶えている……。
 高校入学式のあの日。 近道に通った神社で、自分はそのシーンに出くわした。
 それは、イジメなんて生易しいものではなかった。 他校の高校生に小学生が服をカッターで切り裂かれて全裸にされていたのだ。 身体には、その時に付いたであろう無数の切り傷。 だがそれすら気にせず、奴らはその子の身体を弄んでいたのだ。
 心と共に傷付けられた、大きな男性器を……。


「お礼を……俺、言いたくって……でも、俺、怖くて……何も言わず……に……逃げちゃって……」

 茶道寺の声が震えていた。
 怖くて逃げた……。 当然だ。 虎鉄はあの時、生まれて初めてぶち切れた。 気が付くと、その高校生たちは全員血まみれで地面に突っ伏していた。

 どれほど凄惨な光景だったか……


「虎の、お兄さんの……制服……憶えてたから、お礼……言おうと……高校に……」

 !
 ……知らなかった……。

 気が付くと、茶道寺の瞳には、光るものが見えていた。


「虎の獣人……って少ない……から……すぐ、名前も判って……鬼頭(きとう)虎鉄さんって……」

 そこで茶道寺の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「そのお兄さん、暴力事件で停学処分になったって……! 周りの皆に、凄い怖がられてて……凄い嫌われてて……!! 俺の……俺の所為で……!!!」

 ボロボロと涙を流し、震える声で叫ぶ。

「謝んなきゃって……俺、お兄さんに……謝んなきゃって……! でも、すぐうち引っ越しちゃって……!」

 言葉が出ない。 何て言えば良いのか、見当も付かない……

「違う……謝ろうと思えば、いくらだって方法なんて……あったはずなのに! 俺、嫌われたくなくって、お兄さんに、『お前の所為だ』って言われるのが怖くて……!! また逃げたんだ……!!!」

 嗚咽を漏らし、うつむいたまま茶道寺は泣き続けた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい…………」

 考えた事もなかった。 自分が救ったはずの少年が、こんなにも深く傷ついていたなんて……
 それも、自分の所為で……
 自制心が利かず、馬鹿をやった自分の所為で……

 泣き続ける茶道寺の背中に手を回し、そして、強く彼を抱きしめた。 自分の胸に茶道寺の顔を埋め、小さく言った。

「怖かったろう……? もう、大丈夫だ」

 茶道寺は驚き、そして、そのまま泣き崩れた。

 それはあの日、我を失った少年が言う事の出来なかった言葉。
 それはあの日、逃げ出した少年が聞く事の出来なかった言葉。

 茶道寺は虎鉄の胸の中で、大声で泣いた。 あの日の自分に、小学生の自分に戻って……。


「もう戻って平気なのかよ!?」

 虎鉄の問いかけに、併走しながら茶道寺は笑って、力強く頷く。

「足手まといにならない程度に頑張りますから! それに虎鉄さんでも一晩かかったんなら、あの二人だってまだまだかかるでしょ!?」

 だな、良し!

「んじゃ、気合入れろよ、愁哉!」

 先行した虎鉄が自分に向かって腕を伸ばす。 茶道寺はその手を、強く、握り返した。

 今も昔も変らない、彼の強さと優しさに、再び瞳に僅かばかりの涙を浮かべながら。


  

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