虎鉄と家族と堕神様


「(さて、どうしたものか…)」

いきなり途方に暮れてしまう。


1月1日ー

毎年仕事柄、正月三が日に休みを取れることなど無かったのだが、今年は奇跡的に1日2日と連休を取ることが出来た。
折角取れた連休だ、家族サービスに勤しもうと一泊二日の温泉旅行を企画したが、今度は肝心の家族が元日から勤務になってしまった。 
いきなりポッカリと空いてしまった連休。 それなら、と、本来は一から十まで計画を立てて行動をする性分なのだが、今回は全くの無計画で何処かへ行ってみようと計画を立ててみた。
そうして小さなリュックにおにぎり、飲み物と着替えを詰め、地元の駅から隣一駅の「標先(しべさき)中央駅」まで出てきてはみたものの、どうすれば良いのか、どこへ行けば良いのか全く見当が付かず、現在に至る。 やはり慣れないことはすべきではないな…。

しかし、正月とはこんなにも人がいないものなのか…?
乗ってきた電車に数人客を見かけたものの、彼らがホームの階段を降りていってしまうと、近辺には誰ひとりいなくなってしまった。
今立っている3番線から遥か遠くの10番線まで、たまたま電車も一両も停まっていなかった為に見渡すことが出来たのだが、本当に人っ子ひとりいないのだ。
先程の客達がいなければ、まるで世界に自分しかいないような錯覚にとらわれていただろう。

と、そんな折。
10番線に特急列車が入って来た。 それと時を同じくして、10番線ホームに人影が現れた。

驚きのあまり、一瞬言葉を失う。
ハッキリと見覚えのある姿、こんな遠くからでも一発で「彼」だと判別出来る。
偶然の出会いが嬉しくて、声をかけようとホームの階段を2段とばしで駆け下りる。 そのまま10番線へ直行し階段も一気に駆け上がる! と、目標の人物がこちらに気が付き驚きの表情を見せた。

「新郷…?」

「大河原…」

「そっかー、美咲ちゃん、仕事入っちゃったんだー」
「うん…」
「で、新郷これからどうすんの?」
「いや…さてどうしたものかと」
「じゃあさ! 一緒に京都行かない!?」

「…京都?」
ふと電光掲示板に目をやると、10番線特急は確かに「京都行き」となっていた。

ー京都か。 修学旅行で行ったっきりだな…。 それを大河原と一緒に、か。
何だか修学旅行のやり直しのようで心が少し踊るのを感じた。
即答しようとしたが、次の瞬間、大河原の口から意外な台詞が飛び出した。

「向こうに俺の義兄さんが住んでてさ、温泉旅館タダで招待してくれたんだー!」

「(にいさん!!?)」

小説を読んでいる訳ではないので台詞の漢字構成などわかる筈も無く、言葉通りの「兄さん」を想像する。
「い、いや、やはり遠慮させてもらうよ。 向こうに住んでるってことはお兄さんに会うの久しぶりなんだろ? 邪魔しては悪いし…」
「何気ぃ遣ってんだよ! 一緒に行った方が楽しいじゃんか!!」
「い、いや…しかし…」

ニコニコ顔で捲し立てる大河原に、正直迷う。 どうしようかと決めかねているとピリリリリリ!とホームに電子音のベルが鳴り響く。

「ほらほら! 乗った乗った!!」
大河原と、発車を告げるアナウンスに背中を押され、新郷は戸惑いながらも「じゃぁ…」と恥ずかしそうに微笑みつつ、京都行きの特急に乗り込んだ。

フゥウウウンと独特の音を立て、電車がホームを滑り出す。 
一路、京都へ。

「美咲ちゃんに知らせなくて大丈夫?」

大河原の言葉に「そうだな…」と携帯を取り出すと、さて、何と打とうかと文章を考える。
大河原と京都旅行、そう書くのが何だか気恥ずかしかった。 只でさえ我が妹は自分と大河原の仲を一度誤解しているのだ。 またイチャイチャ旅行などと考えられては堪ったものではない。

考えた末、(京都の温泉に行くことにした。 心配無用)とだけメールすることにした。

新郷中佐、死亡フラグ回避!!!

二人が乗り込んだのは5番車両だが、大河原はいきなり最後尾に新郷を連れて行った。
「この電車、全席指定席だから」
そう言って、車掌席のドアをノックする。 新郷用の切符を買うためだ。

顔を覗かせた車掌は一度奥に引っ込みどこかに連絡すると、指定席の切符を一枚発行してくれた。
礼を言って進行方向に二人で歩いていく。 大河原が席を取ったのは3両目だそうだ。

しかし、ここに来ても正月とはこんなにも人がいないものかと驚かされる。
そう、誰もいないのだ。
6両目、5両目、4両目に入ってようやくトイレの「使用中」が目に入り、他にも客がいるらしいことがわかるも、信じられないような利用状況だ。 正月に京都へ行く人間はそんなにも居ないものなのだろうか…?
3両目デッキの自販機のブゥウウウンという低い唸り音が、やけに不気味に聞こえる。 怖がりというわけではないが、こういう非日常的な状況は少し苦手なのかもしれない。
と、3両目の自動ドアが静かに開くと、ようやく席に座っている人影が目に付き、ほっと胸をなで下ろす。

そうか、先頭車両から席を埋めていくシステムなのかもしれない。

そう安堵したのも束の間。 席を向かい合わせにして座っている人物の姿が目に入った瞬間、新郷は驚きを隠せなかった。

進行方向とは逆向きにした席に座っている人物は良く見えない。 手前に座っている人物が大きすぎるのだ。
さて、問題はその「手前に座っている大柄な人物」だ。
2色に分かれた頭髪、側頭部より伸びる大きな角。 その姿を、新郷は大河原の勤め先で見た覚えがあった。

「なぁ、大河原…」
「何?」
「お前…一人旅じゃないのか…?」

クルッと振り向くと、手にしているものをクイッと顎で指した。
「新郷って意外と観察力無いよな。 ほら、駅弁3つ持ってるじゃん」

「いや、大河原一人で食うのかと…」
「食わないよ! 向こうで美味しいものいっぱい食べるんだし」

食えない、とは言わないんだな…
「と言うかだな、お前これ社員旅行とかじゃないのか? あそこに座ってるの、お前の店の人だろ?」

「あぁ…! うん、そうだけど、ちょっと違うよ。 ほら、こっち来いよ! 遠慮とか無い無し!!」

そう言われて近づいたものの、新郷はそこで完全に言葉を失った。
理由は簡単。 今まで大柄なその人物の影に隠れて見えなかったもう一人の姿が、完全に視界に入ったからである。

「二人とも注も〜く! 旅の仲間が増えましたー!!」
「虎鉄、お前乗り遅れるかと思ったぞ?」

鬼種の人物が声を出すと、大河原はスイマセンと笑いながら謝った。
「はい、じゃあ紹介しまーす! 自分の高校時代からの友達で、新郷真樹君でーす!! で、新郷、 こっちが店で働いてくれてる副店長の二口隼人さん。 通称にろさんで、俺の叔父さんなんだよ」

にろさんに挨拶され、新郷も反射的に挨拶する。
挨拶してくれた叔父さんには申し訳ないが、正直頭に入らない。 何故なら…

「で、こっちが…うん、まぁアレだよね、見てわかると思うけど…」

「俺の父さん。」

石蔵鉄志だギャァアアアアアア!!!!!

「(うわー!! うわぁあああー!!! 凄い…本物だよ!! 本物の石蔵鉄志だよ!!!
テレビで見るのとまんまだよ!!! マジでかっけぇえええ!!!!! ナマ石蔵鉄志!!!
和服も格好イイけど、洋服も意外と似合うっていうか、マジかっけぇエエエ!!!!!)」


新郷君は本気の石蔵鉄志ファンなのである(笑)

「はじめまして、虎鉄の父で鬼頭 鉄志と申します。 もうお気付きかも知れませんが、今日は父として接して頂けると嬉しいです。 どうぞ宜しく。」

挨拶をされ、完全に惚けていた自分に気がついて咄嗟に我に返るも、挨拶は赤面のまま且つしどろもどろとなってしまった。 自分が何と挨拶したのかも全く思い出せないほどテンパッていた。
大河原はそのまま父の隣りに座り、新郷はにろさんの隣りに座ることとなった。
少し残念な気もしたが、隣になんて座ろうものなら平常心を保てる自信が無い。 かえって良かったのかもしれない。

と。
「新郷君」

いきなり父、鉄志に声を掛けられ、「ハイっ」と上ずった声で答えてしまう。

「な、何でしょうか…?」
「新郷君、君は高校時代からの友人なんだね。 虎鉄が、私達家族のせいで荒れてしまっていた時から、ずっと…。」

そう深い声で言いながら、スッと新郷の手を取った。

「ありがとう…」

うわぁあああ!!! 良心痛ぇえええ!!!!

どう弁明しようかと考えていると、隣のにろさんの瞳がギラリと光った。
「新郷君、キミ…」
「は、はい…?」

「ひょっとして、虎鉄の父親が石蔵鉄志だと知っていたのではないかね?」

ドキッ

「まさか、それが目当てで虎鉄に近付いたのではあるまいな…?」

凄みの効いた声だ。 ハッキリと怒気が込められている。 眼鏡の向こうの鋭い眼光が新郷を射すくめる。
手を握ってくれていた鉄志の表情にも僅かに戸惑いが浮かぶ。

いかん、良心に苛まれている場合ではない! ちゃんと話さなくては…そう思い、口を開きかけると
「隼人君。」
鉄志が戸惑いの表情を消し、義理の弟を見据えた。

「いけないよ、そういう物言いをしては」
「! に、義兄さん…?」
「新郷君はそんな方ではないよ。 少なくとも虎鉄はそう信じている。 そうだろう? ならば私もそう信じる」

その言葉に、先程まで凄みの効いたオーラを放っていたにろさんが、相当焦って顔を真赤にしながら俯いてしまった。

「も…申し訳ない…新郷君。 ちと深読みが過ぎたかもしれん…」

完全に撃沈である。 意気消沈してしまった叔父に、
「い、いえ! こちらこそ申し訳ありませんでした」

焦って声をかける。 背筋を伸ばし、にろさんに頭を下げる。 

「…お父さんのこと、知っている事を隠していたのは事実なんです。 誤解させるような態度だったのかもしれません。 本当にすみませんでした」

先程までのあたふたした態度とは明らかに違ったその態度に、にろさんも少し驚く。
新郷は察していた。 父が息子を想い、自分の手を握ってくれたのと本質は変わらない。 この叔父さんも、甥っ子が可愛くて、目の前の相手がその甥っ子を傷つける存在ではないかと不安を抱いたのだ。
この二人がいがみ合ったり落ち込んだりなど、あるべきではない。 そう思い、全てを話そうと決めた。

決心が固まると、意外と言葉が突いて出てきた。
高校時代、例の暴力事件で大河原のことを幼稚な正義感で嫌ったこと。 卒業後に真実を知り、ずっと謝りたかったこと。 出来れば友達になりたかったと話すと、大河原は顔を真赤にした。 そして再会。
それとは別に、小学生の頃から熱狂的な石蔵鉄志ファンであったことも話した。 この時は流石に新郷の顔も真っ赤である。 映画もドラマも全て見ており、ビデオやDVDも全てコンプリートしていると暴露した。 ただ、高校時代は大河原の父について何も知らなかったこと、再会して友人になれた後に知ってしまって戸惑ったこと、これだけは信じて欲しいと述べた。
知ったきっかけが妹さんであり、彼の妹が例の観覧車の女性従業員であることを聞いた時は、鉄志も心底驚き、且つ息子や新郷同様、赤面する事となった。

最後に、大河原に向かい、
「ゴメンな、色々黙ってて」
そう言って頭を下げた。 大河原も焦っていいよいいよ!と新郷に顔を上げるよう促した。
店長がふと気になってチラリと父と叔父に目を遣るも、その心配は杞憂に終わったようだ。
父も、叔父も、完全に歓迎ムードになっていた。

再びガッと新郷の手を握ると、父はテレビでは見せない、「優しい父親」の表情を見せた。
「キミのような友人が虎鉄に出来たこと、本当に嬉しいよ!」
うっすらと目に涙まで溜めている!!

「しかし、虎鉄の周りには本当にイイ男が揃ってるよなぁ」
にろさんが顎に手をやりながらムゥン、と唸った。
「これは本当に選り取りみどりだなぁ、なぁ! 虎鉄!」

その一言の意味がわからずキョトンとする新郷とは対照的に、店長の顔は驚きと焦りで再び真っ赤になった!
「ちょっ…!! 何言い出したんですか!!? 意味わかんない!!!」
そう言いながら、父の耳に口を持っていく。

「(父さん!! にろさんにバラしたんですか、自分の事!!?)」
「(い、いや…むしろ私の方が最初に隼人君に教えて貰ったというか…)」
「…何をヒソヒソ話しているんだ、大河原…?」
「い! いやいや!! マジで何でもないから!! もう〜、にろさん〜!!!」

ハハハと叔父は笑い、折角だからサインを貰ってはどうかと笑顔で促す。 微笑む父に焦る友人。 そんな皆に囲まれて叔父をジトッと睨みながらも実は楽しくて仕方がない息子。

そんな和気藹々(あいあい)とした彼ら一団を、遠くから見つめる視線があった。


スーパーストーカーコンビ、推・参!!!

「…万事、うまく行っておるようだな」
「は。 全て滞りなく。」

後から乗り込んできた店長と新郷をトイレに潜んでやり過ごしたこの二人。 四人が騒いだりしている隙を突いて自動ドアを開け、気配を完全に殺して最後尾座席に滑り込み、現在に至る。
さて、駅のホームに人が全然居なかったのは偶然であるが、この特急列車に客が全くいないのは彼らの手によるものである。 そう、この列車の指定券は店長達の席以外全て彼らが買取ったのである!!
さらに言うと、普通に国土交通機構に席を置いている車掌も、実はゼブラに所属している暗殺者である! 先程確認の為に電話した先は、総裁代行こと石動鷹継の携帯なのだ!
こうして彼らゼブラの暗躍により、見事この特急列車は完全な貸切状態となったのである!!!

組織力無駄使いもイイ所である(笑)

「石動よ」
「は。」
「わしもあの集団に混ざりたい…」
「は。 しばしお待ちください。」

いきなりの無理難題も、決してこの有能な部下は「無理」とは口にしない。
三人は駅弁を、一人は鞄に入れてあったおにぎりを食べ始めながら歓談している。 その姿をしばし眺めていると、鷹の目が獲物をカッと捉えた!!!

「総裁。」
「何じゃ?」
「喉が乾きました。 『午後の紅茶・アップルティー』が飲みたく存じます。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…買ってくれば良かろう」
「は。 しかし先程の状態ならともかく、今は皆様落ち着いてお食事中にございます。 自動ドアが開きましたら、位置的に虎鉄たん?はお気付きになられることと存じます。」
「…『たん』は今から使用禁止じゃ」
「は。 然して私の背丈ですと気配を殺してもまず間違いなく虎鉄様の視界に入ってしまうものと存じます。 ですが、総裁の背丈ならば手前に座っておられる新郷様の背丈から死角となり、ただ自動ドアが何かの拍子で開いただけと誤認させることが可能となりましょう。」
「…わしに買って来いと言っておるのか…?」
「そのような恐れ多い…。 しかし、このままでは午後の紅茶を飲みたい心に気を取られ、真直ぐに集中することができなくなり、大切な瞬間を見逃すことが起こりうるやもしれません。」

「…買ってくればいいんじゃろう!」
プンプンと怒りながら、自動ドアを開けると気配を完全に殺してスッと向こうへと姿を消した。 惚れ惚れする動きである。 
歓談中の四人は誰一人、この動きに気付かなかった。

さてその四人の内の一人、虎鉄に変化が訪れた。 
弁当を食べながらお茶を口にした瞬間、ハッと息を飲んだ。

お茶が既に空になっていたのだ。

「なんだ大河原、もうお茶飲んでしまったのか?」
「うん。 どうしようかな。 あ! そこに自販機あったよね。 ジュース買ってくるわ」
「虎鉄、私の茶をやろうか?」

見ると、鉄志は自分の茶に殆ど口を付けていなかった。 というか、店長以外の三人は殆ど飲み物が減っていない。
が。
「いいですよ。 父さんのお茶取るのもあれですし。 じゃあちょっと行ってきますね」

そう言うと、尻尾を振り振りしながら後ろの自動ドアを開けた。 自動ドア横の席に座っている石動に気付かないのだから、彼の気配を消す技術は尋常ではない。

「…虎鉄、お父さんの口をつけたお茶なんて飲みたくなかったのかなぁ…」
ポツリと小さく呟いた父・鉄志の声に気付き、新郷とにろさんが眼をやると、

パパが真っ白に!!!

「うわぁあああ!! 義兄さん、そんな事全然無いですよ!!! そもそもちゃんと今は二人でスキンシップもしてるでしょう!!?」
「そそそ、そうですよ!!(良く知らないけど) 大河原なら多分言葉通り、お父さんに気を遣ったんですよ!!!」

お父さんの一大事!!
が! ここにもう一人、一大事の人物がいた!!!


じいちゃん大ピーンチ!!!!!

「あの、何なさってるんですか? 駄目ですよ、自販機蹴ったりしちゃ…」
「い、いや…あの…」

店長がズイっと近づく。 あたふたしまくる祖父、虎伯。
うわぁ…! あ、すいません、でも凄いですねぇ…こんな所で同じ虎獣人に出会えるなんて。 しかも、同じ鬼牙…! 何だか嬉しいなぁ」

一見責めている口調に思えたのだが、良く見ると虎鉄は嬉しそうに微笑んでいた。 そのまま自販機に目をやる虎鉄。

「どうかしたんですか? 故障?」
「いや…そ、その…いくら金を入れても戻ってきてしまうのだ…」

怒りながらも少し困った表情を見せ、虎伯が言った。
彼が手にしているお札を目にして、虎鉄はすぐに原因がわかった。

「他にお札持ってらっしゃいますか? 出来れば千円札を」
「せ、千円札…?」

虎伯が黒い革張りの財布を開く。 お札しか入ってないように見える、小銭もカードも持たない性分なのだろうか。
しかし、その札の量がハンパ無かった。 しかもその全てが万札だったのだ。

「自販機、一万円札使えないみたいですよ?」
そう笑顔で言いながら、札入れの上の一万円と5千円に記されたバツ印を指さす。
それを目にした瞬間、虎伯の顔が真っ赤になった! 

こんな事にすら気が付かなかったなんて…

席に戻って部下に金を借りようと目を伏せて踵を返すと、
「どれ飲みますか?」

ニコニコしながら虎鉄がボタンを指さした。 手持ちの千円札を入れたらしく、全てのボタンが明るく光っていた。

「い、いや…わしは…」
「遠慮なさらないで下さい。 本当にお会いできたのが嬉しくて、何と言いますか…お近付きの印です」

そう言いながら、自分が飲む分のミルクコーヒーのボタンを押す。 
ガコン、と音がすると取り出し口から缶コーヒーを拾い上げ、小首を傾げて<何にします?>のリアクションを繰り返す。

「その…わしの相方の分で、それを…」

少し背伸びして、目的のものを指さす。 虎鉄はニッコリ笑ってボタンを押すと、出てきた缶を手に取り、どうぞと手渡してくれた。

「ご自分の分は、どれが宜しいですか?」
「え!!? わ…わしのかね!?」

コクリと頷く虎鉄。 恥ずかしくて転げ回りそうになりながらも、小さく「君と同じものを…」とだけ口にした。
虎鉄が買ってくれてる間に、彼が来るなら一言知らせれば良いものを…!と胸元に入れてある携帯をチラッと見ると「メール1件」の表示が…。 有能な部下はきっちり仕事をこなしていたらしく、ただ自販機を蹴るのに夢中だった自分が気が付かなかっただけらしい…。 これでは叱り様も無いではないか…。

二人で缶ジュースを持って客車に戻ると、先程全く居る事に気が付かなかった人物が後部座席に座っていることにビクっと驚く店長。
虎伯はササッと石動の元に寄ると、耳に小さく「240円!!」と囁いた。
「は。」と小さく言うと、胸元から虎縞模様のがま口を取り出す。 パチンと開けたとき

「いや、本当に良いですから。 それより…

店長はその大柄な人物をそっと覗き込んだ。
無表情のムッツリ顔と目が合うと、パーッと笑顔になる。

「やっぱり! 偶然ですねぇー! どうも、お久しぶりです!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナヌ?

「は。 先だってはお世話になりました。」
「あ! もしかして、虎獣人の写真を欲しがっていらっしゃったのって、こちらの方ですか?」
「は。 たいへん喜んで頂け、私も感無量でございました。 誠にありがとうございました。」

うわー!と大喜びの声をあげ、ちょっと待ってて下さいと言うと自分の席に戻り、全員に何やら話をしだした。

「…石動よ」
「は。」


「何チョクで写真撮っとるんじゃぁあああ!!!」

「は。 流石は元トリプルSの殺し屋と申すべきでしょうか、あの者に全く一分の隙もありませんでした故、早々に隠し撮りを諦めた次第でございます。」
「キサマァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
どうりで照れてる写真ばっかりだった筈だよ!!!

と、向こうから虎鉄の呼ぶ声が聞こえた。
「こちらへいらっしゃいませんかー!!? 折角ですし、ご一緒しましょうよー!!」

嬉しそうにブンブン腕を振っている。

「…う、うむ! りょ、了解しました!」

そう珍しく大きな声を出すと、少し嬉しそうにこちらを見る部下の視線に気付く。

「何じゃい!」
「は。 ミッションコンプリートでございます。」

…どこからどこまでを計算していたのかは分からないが、虎伯の「あの集団に混ざりたい」という願いは見事に叶えられたわけである。

この部下の有能さが、時に小憎らしい。 小憎らしいほど、完璧なのであった。


彼らの席に行くと、世界でも希少種の虎獣人と鬼種が現れたことに、座っていた虎獣人と鬼種が流石に驚いていた。
何より驚いていたのは、世界で最も多いタイプの獣人・犬獣人の新郷であろう。 まさか自分が希少種に囲まれて少数派に回ることがあろうとは…。

「では、こちらに座らせて頂きましょうな」
そう、虎伯が通路を挟んだ席に座ろうとすると、

「折角ですから、同じボックスに座りましょうよ」

と虎鉄が提案した。
しかし、既に四人がみっちり座っていて自分達が座れる余裕など無い。
と、虎鉄が席を立った。

「新郷、ちょっと立って貰っていい?」

一瞬「?」となったが、なるほど。 ここは自分が隣の席に行くのが一番であろう。 そう考え席を立つと、今まで新郷が座っていた席に虎鉄が座り、
「カモン!!」 そう、言い出した。

再び「?」の新郷君。
そして結局ー


こうなりました。

「で、あとは父さんがにろさんの膝に座れば席がふたり分空きますよね!」

「何言い出したんだ虎鉄!!!?」

「だって、図体がでかい方が下になる方がイイでしょ?」
「だだだ、駄目だ駄目だ駄目だ!!! にに、義兄さんにそんな事させられるか!!!」

慌てふためくにろさんにパパが「?」でいると、石動が声を出した。

「いえ。 一つ席を開けて頂ければ十分と存じます。 こうすれば。

凄いフィット感!!!!!

かなり不服な体勢だが、ここは仕方があるまいと諦める虎伯。 ハァと小さく息を漏らすと
「すみませんな、折角の家族旅行にお邪魔させて頂いて」
彼なりに気を遣ってそう言った。 つもりだったのだが…

「…何故家族旅行とお分かりに?」

にろさんが少し不思議そうに訊いた。

うっ!!

彼の顔を見ると、表情は少し不思議そうにしているも、その瞳は全く笑っていない、こちらの心の奥底まで見透かすかのような鋭い眼光を放っていた。
そう、事情を知っていればこの集団が「家族旅行」で来ていて、そこに友人が同行したとわかるのだが、傍から見れば一目で家族旅行とは決して分からないであろう。

しくじった…!!!

迂闊な言葉を発してしまったことを悔やみつつ、どう弁明しようか思いを巡らせていると

「申し訳ありません。 私が余計な事を言ってしまった所為で、主(あるじ)に誤解をさせてしまったようでございます。」
石動がすかさずフォローに入った。

「? 余計な…?」
「は。 以前そちらの虎鉄様にお会い致しました折、私と同じ鬼種の叔父がいらっしゃる事をお聞き致しておりました故、てっきり御家族旅行かと思いまして、我が主にそうお話してしまった次第にございます。」

「…そうなのか? 虎鉄?」
「えぇ。 そういえばお話しましたねぇ。」
「角は無くとも一目で鬼種と分かるでしょうし、いつも人目を気にしている私の心を和らげるためにお話して下さったのでしょう。 珍しくなんて無いですよ、そう仰って頂けた時は本当に嬉しゅうございました。 ですが私の早計で誤解を招く結果となってしまいました。 誠に申し訳ございません。」

いやいや! そういう事でしたらこちらこそスイマセン! お察しの通り、家族旅行なのです。 いや、どうしてわかったのかと不思議だったもので」
「そうでしたか。 安心致しました。」

二人の鬼種の話を、内心冷や汗で聞いていた虎伯。 部下が有能で本当に良かった…。
しかし、この叔父もかなりのクセモノである。 不思議に思ったなどと言っているが、明らかにこちらを伺っていた。 
どうもこの種族は勘が鋭いというか…油断ならない。

「じゃあ自己紹介しましょうね!」

虎伯の思いとは裏腹の明るい声で、虎鉄が声をあげた。 彼にしてみれば今のやりとりもちょっとした誤解程度でしか無く、楽しい旅行は現在も更に勢いを増して進行中なのだ。

「自分は大河原虎鉄と言います。 以前お会いした時も名前は言ってませんでしたよね?」

コクリと石動が頷く。


「で、こっちが自分の友人のー」
「はじめまして。 新郷真樹と言います。」

三人がお辞儀を交わす。

「隣が先程もお話に出ましたけど、自分の叔父さんのー」
「二口隼人です。 本当に失礼致しました。」

そう言って頭を下げると、虎伯がイヤイヤ!と首を横に振り、自分も頭を下げた。

「で、最後に自分の父さんです」
「はじめまして。 鬼頭鉄志と申します。 道中、楽しい時間を共に過ごせると嬉しいです。」

立派になった息子に、一瞬言葉が詰まる。 軽くお辞儀をして、何とか誤魔化した。
ここで何かを口にすれば、また余計な事を言いそうだったというのもあった。

ふと、虎鉄が石動の妙なリアクションに気付く。 小首を傾げ、少し考えるような仕草をしたのだ。

「あ、そうか! 苗字違うの変ですよね!」
「! 申し訳ございません…失礼かと存じまして…」
「いいんですよ! まぁ、うん、色々あったとしか説明出来ないんですけど、仲が悪いとかそういうのじゃありませんから。 あ、あと婿入りしたとかでもないです! 自分独身ですから」
「そうですか。 いや、それだけわかれば十分にございます。 ありがとうございます、大河原様」

そうか…ここで疑問に思うのが普通のリアクションか! 危うく普通にスルーするところであった…。
と、ここでこちらの出番である。
鬼頭、そう名乗ろうとした時、流石に「鬼頭」はマズイであろうと思った。
何せ既に虎獣人が一人「鬼頭」を名乗っているのだ。 同じ虎獣人で同じ苗字はマズ過ぎる。 下手な事を言えば折角解けた鋭い叔父の警戒心がまた元に戻ってしまう!

考えた末ー
「では改めまして。 はじめまして、私、石動虎伯と申します」

沈黙。

「い…する…ぎさん…? 変わった苗字ですね」

虎鉄の疑問に
「石に動くと書くんじゃないかな?」
にろさんが的確に答えた。

「そうですそうです。 ちなみに『こはく』は『とら』に兄おじの、にんべんに白の『はく』と書きます」
「へ〜! 何だか芸名みたいな格好良いお名前ですねぇー!」

ハハハ、と笑うと帽子を脱いでお辞儀をした。
途端、虎鉄が驚きの声をあげた!

「うわー!! 金髪!! それに瞳…凄い綺麗なブルーなんですねぇ…! うわー!! 格好良いなぁー!!!」
「こら虎鉄、外見的特徴をあまり大仰に言うのは」

窘(たしな)めようとしたにろさんに
「はは、構わんですよ」 
笑いながら手を振る。 何だか嬉しくて、ニコニコしてしまう。

「気に入ってくれましたかな?」
「はい! ホワイトタイガーは瞳が蒼いって聞いてましたけど、自分と同じ黄色の虎で蒼い瞳なんて…綺麗だなぁ」

ますます嬉しくなるも、「それで、後ろの方は?」という虎鉄の一言に、気持ちが一気に冷めた。
というか、青ざめた。

「(石動〜!! 頼むぞ〜!!! 空気読めよ〜!!!!)」

じいちゃんの願いも

「は。 いするぎ鷹継と申します。」

あっさり砕け散った。

アホかぁああああああああああ!!!!!

「え? 石動?? 同じ苗字なんですか?」

不思議顔の虎鉄!! ほら見ろ! 叔父貴めっさ睨んでる〜!!!
ところが。

「は。 同じ読みですが漢字が違います。 私の『いするぎ』は漢数字の『五』に駿河の『駿』、それに樹木の『木』で『五駿木(いするぎ)』と読みます」
「へ〜、そういう苗字もあるんですか。 にろさん知ってました?」
「いや…流石に知らんな」
「は。 大変珍しい苗字のようでして。 この『漢字は違うが読みは一緒』という苗字がご縁となりまして、主にこうしてご懇意にして頂けております次第にございます。」

へ〜、と一同感心した。
一番感心したのは他ならぬ虎伯である。 良くもこうポンポンとデマカセが出るものである。


「じゃあ、お呼びする時どうしましょうか? 苗字じゃわかりにくいですね」
「は。 もし宜しければ下の名前で呼んで頂けるとありがたく存じます。」

!!

「そうですね、じゃあ虎伯さん、鷹継さんで良いですか?」

コクリと頷くと
「じゃあ自分のことも良ければ下の名前で呼んでください。 皆は?」
「私も下の名前で構いません。」
「そうだなぁ…私は『隼人君』でも『にろくん』でもどちらでも」
「お、俺もか? 大河原…?」
「そうだね、新郷は『新郷』だよね。 いきなり新郷を名前で呼ぶのも呼ばれるのも何か変だもんね」

そう言って、皆で笑った。
下の名前で呼び合う為に、敢えてこう仕向けたのだろうか…?
本当に、本当に…この部下は  出来すぎて小憎らしい

「で! でですね!! 自己紹介も終わったところで、さっきからずっと気になってるんですけど訊いても良いですか!? もしかして鷹継さんって虎伯さんの『執事さん』なんですか!!?」

皆の視線が一気に集まる!!
そうか、傍から見るとそういうふうに見えるのか。

店長的には「執事」は大好物なネタである(笑) 主と執事のストイックな関係にはいつだって胸がどきどきである!
が、予想は外れた。 というか

「は。 そういった関係ではございません。 私が虎伯様を『主』とお呼びするのは、精神的にも肉体的にも私の『主』だからにございます。」

予想の遥か上を行かれた!!!!!

「え? え?? すいません、自分エッチな想像しちゃいました…」
「は。 恐らくそれで正解かと存じます。」
「えぇええええ!!!? そうなんですか!? そういうご関係なんですか!!!?(ハァハァ)」

「は。 虎伯様は至って普通と存じますが、私の性癖に合わせて下さっているのでございます。 ちなみに申し上げれば、立ち位置的には私が『受け』にございます。」

ダブルギャァアアアアアアアアス!!!!!

赤面ギャァアアアアアアアアス!!!!!

「ば、馬鹿者!! 何を言い出すのだ、こんな場で!!!」
顔を真赤にして虎伯が言うも、よく見ると虎鉄は何故か大喜びである!

「あの! あのっ!! じゃあ鷹継さんはその、同性愛者なんですか!!?」
「は。 その通りにございます。」

「うわー!! 嬉しいー!!! 自分と同じ性癖の人に初めて会ったんですよ、自分!!! うわー! あの、あのっ! たくさんお話訊いても良いですか!!?」
「構いませんよ。」

少し口元を緩ませて鷹継が答えると
「! そうだ!! 今日ってどちらに行かれるんですか? 京都は同じですよね?」
店長のテンションが一気に上がった!!

「は。 気ままな旅にございまして、泊まる旅館はあちらで決めようかと話しておりました次第にございます。」

「そうなんですか!!? じゃあ一緒の旅館に泊まりませんか!? 今から連絡しても大丈夫だと思いますし!」
「折角のご旅行に、邪魔にはなりませんでしょうか?」

ふと、同じ鬼種のにろさんと目が合う。 
「私は構いませんよ。 義兄さんさえ良ければ」
「私も構いません。 虎鉄がこんなに楽しそうにしているのですから、断る理由などありません」
そう言って微笑んだ。 が、少し笑顔がぎこちない気がした。 虎鉄が少し不思議に思う。

「では、お言葉に甘えさせて頂いては如何でしょうか?」
(お前は神か!!?)う、うむ…ではそうさせて頂こうかの」
「は。 では明日までの二日間、どうぞ宜しくお願いいたします。」

そうして、二人とも頭を下げた。
「ところでー」
鷹継が顔をあげた瞬間、疑問を口にした。

「鉄志様も隼人様も、どうかなさったのですか? 何か顔色が変わっておられますが? それに新郷様が何か呆然となさっているようですが、何かご関係が?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、店長も疑問に思っていた。 皆の様子がちょっとおかしい。
なんだろう…?
何かが引っかかっている気がした。
「私が同性愛者という事がショックだったのでございましょうか?」

その一言でようやくわかった!!!

俺、今、カミングアウトした!!!!!

「あ、あの…新郷?」

いきなり脳内に入って来た予想だにしてなかった情報を処理出来ず、新郷君は呆然としていた。

「…そうだよな…。 ごめんな、新郷…色々黙ってたのって、俺の方だったよな…」
「…大河原…?」
「嫌だよな、俺の膝の上とか。 ハハ…」

一瞬の沈黙

「…大河原、いつからだ?」
「ん?」
「いつから自覚あった? その…同性愛者だって」

予想外に飛んできた質問に少し戸惑う
「え…? っと〜、高校時代はもう自覚あったかなぁ…。 何で?」
「そっか…」

少し考えて、いや、気持ちを整理して、新郷は少し俯きながら話し始めた。

「そっか…。 なら、何も変わらないだろ。 俺は高校時代からの大河原からしか知らないし、その時はもう同性愛者だったんだろ? じゃあ、俺が友達になりたかったのは、そしてこうして友達になったのは、その大河原だって事だろ? 大河原が急に変わったんじゃない。 俺の認識が変わっただけだ。 なら何も変わらない。 そうだろ? 嫌だよなとか、そんな事言うな。」

「新郷…」
「友達のままだ。 当たり前だろう?」

新郷の体に回していた腕に、自然と力が篭った。

「ありがとう…新郷」

新郷自身も、何だか恥ずかしいことを口にしたなぁと顔を赤くして視線をあげると、

全員が新郷を熱い眼差しで見つめていた!!!

「うわっ!!? ど、どうしたんですか!!?」

「…感動した!! 感動したよ、新郷君!!!」
殺し屋組織の総裁が、目に涙を浮かべて感動している!!

「君が虎鉄の友達で、本当に嬉しいよ!!!」
世界的大俳優が、目に涙を溜めて手を握っている!!!

「素晴らしいぞ新郷君!!! 紛れも無い、君は今日から『ファミリー』だ!!」
叔父さんが、何かマフィアみたいな言い方をしだした!!!!!

あながち間違っていないと言う真実(笑)

「よし! これを記念に、我々に総称を付けるとしよう!!」

ギクッ、と店長が身をこわばらせる。 こういう時のにろさんの手に負えなさっぷりは、彼が一番良く知っている。
が! 時既に遅し!!!

「名付けて!! トラトラファミリー!!!」


ダ…ダセェ!!!!!

「おぉ!! 素晴らしいネーミングにございます!! 私、感銘を受けました!!!」
「そうでしょう!! いやぁ、喜んで頂けるものと思っていました!!!」

鬼種って…

こうして、トラトラファミリーの旅行は始まりました。
一路、京都へ!


「虎鉄と家族と堕神様」


つづく


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