もふもふたいむ


「お誕生日、おめでとうございます!!」


うわぁ…すごいガッカリされてる…!!!

自分の誕生日を祝ってくれる相手にこの態度は流石に無いだろう、そう思われるかもしれないが、師範にはそれなりの理由があったのでございます…


師範の朝は、玄関先に立って店長に挨拶をすることから始まる。

ここで一つ。 店長の出勤パターンは基本、3種類ある。
1:朝から出勤して夕方まで勤務。
2:昼から出勤して深夜まで勤務。
3:お休み
つまり、確実に毎朝玄関前を通る訳ではないのだ。
だが師範は店長のシフトを知らない(嫌がられたりしたらどうしよう、と怖くて訊けない)為、毎朝こうして玄関先に立って店長を待つのだ。

普段は普通に平常心で店長を待つ師範も、しかし、今日は勝手が違った。
師範は、生まれてはじめて自分の「誕生日」というものを意識していたのだ。

もしかしたら店長さんが何かお祝いを言ってくれるかもしれない
ひょっとしたらプレゼントなんかまで下さるかもしれない…!

万が一何かあったときの為に今日の稽古を全てお休みにするほど、師範は今日という日を楽しみにしていた。

しかし、いつもの時間になっても一向に店長さんが現れない。
「(今日は午後番かお休みであろうか…?)」
そう思って道場に戻ろうと後ろを向いたその時!

はようございまああああああああああああああす!!!
ドップラー効果で店長の挨拶が聞こえた!!!

驚いて振り返り道に出ると、遥か向こうに店長が走っていく姿が見えた。
「すいませーん! ち、遅刻しそうでー!!」
走りながら頭を下げ、店長は走り去ってしまった…

…まぁ、落胆するには早かろう
今ここを通ったという事は、今日は夕方でお仕事が終わりだという事だ。 帰りに寄ってお祝いをして下さるのかもしれない…

しかしこうなると、道場を休みにしたのはかえって良くなかった。
とにかく何ひとつ物事が手に付かない…!!
夕方までの数時間、店長が来てくれるかどうか期待と不安で始終ソワソワしっぱなしであった。

そして夕方ー

玄関のチャイムが鳴った!!!
時間的にもピッタリだ! 店長さんに間違いない…!!!
急いで玄関に向かい、勢いよく戸を開ける!!

「(店長さん…!!!)」


こういう訳でした。

「ー師範のお誕生日を知る機会がありまして、良かったらこれ…つまらないものですが」

「あ、あぁ…うむ…ありがたく受け取らせてもらうよ…

消え入りそうな声で人として最低限必要な謝辞を述べ、師範は玄関を静かに閉めた。

今世紀最低に落ち込む師範。
台所のテーブルに酒瓶を置く。 もういっそこれ1本飲み干して不貞寝でもしてやろうかと思ったそのとき!!

再び玄関のチャイムが鳴る!!!

師範の顔が一気に明るくなる!
再び走って玄関に向かう!! 今度こそ店長さんに違いない!!!

ガラガラッ!!


・・・・・・・・・・・・・・・・?????

「お…叔父上殿…??」

立っていたのは店長の叔父、にろさんである。
全く予想外の事にポカーンとしていると、にろさんは小さな箱を差し出した。

「これ、虎鉄から君にと預かった誕生日プレゼントだ。」

ひ…

人づてにもらってしまった…

今世紀最低と思われた先程より、遥かに落ち込む師範…

「すまんなタン君…店でトラブルが起こってしまってな。 私が処理すると何度も申し出たのだが、虎鉄が頑としてそれを受け入れなくてな…。 それでそのプレゼントも、今日中に君に渡せなくなるかもしれないと…私が預かった」

にろさんがそう話すと、師範は少しだけ精神が浮上した。 浮上したと自分に言い聞かせた。

「いえ…良かったです。」

「………」

「私の事より、お仕事をちゃんと優先してくださる店長さんでよかった…」

顔は俯いて手渡された箱を見たままだったが、辛うじてそれだけ言えた。

本当に…余計な期待などするものではないな…
そんな事を考えていると、ポンッと肩を叩かれた。 そしてー

「良く言った!! 君は良い男だなぁ!!!」

にろさんは満面の笑みだ。

「ここであれやこれやと文句や我儘を言おうものなら君の血肉を飛散させようかと思っていたが…

こわっ!!!

生身に於いて最強を誇る師範だが、流石に鬼種とはやりあった事が無い。 伝説からすればかなりの戦闘能力のはず。 言ってる事がシャレになってないから本気で怖い!!

「うむ! よし、では虎鉄が来るまで私がアイツに代わって君をもてなすとしよう!!!」
「は…?」
「なぁに、アイツの事だ。 ちゃんと今日中には間に合うだろう。 そのプレゼントはその時に改めて虎鉄から受け取るといい! よし!! それでは虎鉄による大サービスの開始と行こうじゃないか!!」


カポーン

何が何やら状況がサッパリわからない
わからないが、とりあえず現在、何故か叔父上と一緒に家の風呂に入らされている…

にろさんはその逞しい手で師範の背中をごしごしと洗ってくれていた。

「どうかねタン君!? 虎鉄に背中を流してもらえて気持ちいいだろう!! まぁ今は私が代わりにやっているがな!!!」


この人の理屈がサッパリ理解できない!!!

いやいや、店長さんじゃないしね!!? そもそも店長さん、いきなりそんな事して下さる方かなぁ!!?

「なんと!! 君はこの程度のサービスでは満足できないと言うのか!!? まったく、この食いしん坊さんめ!!! では、更なるサービスをして進ぜよう!!!!」

食いしん坊さんとか言われてますけど…?
と、ちらりと背中側にいる叔父上殿の様子を伺い見てみると…

何故か自分の胸から腹にかけてを石鹸で直に洗いはじめていた。
いや、違うな。
何だか石鹸の泡を胸から腹にかけてたっぷりと蓄えているように見える…
疑問に思っていたのも束の間、いきなりにろさん、胸を師範の背中にピトッと押し付けた。

そして!!!

ひぎゃぁあああああああああああ!!!!!

何これ!!? 何て言う罰ゲーム!!!?
胸毛のジョリジョリ感!! ぺちぺち当たるおちんちんの感触!!!
店長は大好きだが同性愛者ではない師範にとって、全く嬉しくないサービスであった!!!

「どうしたね!? そんな嫌そうな顔をして!! 想像してみたまえ、今は私が代わりにやっているが、本来なら虎鉄がやっているのだぞ!!? あの胸から腹にかけてのもっふもふの毛を思い出すのだ!!!!!」

いいかも!!!

ってならぬわチクショォオオオオオ!!!!!

もし店長さんがこんなサービスして下さったら、私は貴方に全てを捧げてもいい!!!
あぁそうとも!! 尻の穴でも何でも使うといい!! お口でご奉仕もいとわぬわ!!!


断言してもいい、無ぇよ!!!!!

ーと。 
「ちょっとスマン」とにろさんが急に立ち上がり、脱衣所へ向かうと籠の中の服から携帯電話を取り出した。 

電話鳴ってるの、良く聞こえたなぁ…

何やら話をして戻ってくると、
「喜べ、タン君!! 虎鉄、今からこっちに向かうということだ!」

それは何という朗報か!!!
もう多くは望みません! ただ一つ、お願いですから…

この状況から早く私を救ってください…!!!

「うむ、ただこれからこちらに向かうとなると、あと40分はかかるか」

ギクッ!!!

「ではそれまで…」
にろさん、師範の右腕をガシッと掴む!!

「ゆっくりと…」
そのまま師範の右腕を自分の股間に持っていく!!!

「虎鉄(代理)の大サービスを堪能すると良い!!!」

むにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむに


店長が到着すると、何故か師範がぐったりしていた。

「…ちょっ、にろさん! 幸志朗さんに何したんですか!!?」

「何って、お前に代わって誕生日大サービスをしていたのだ。」
師範は力なく首を横に振っていた。 何かを忘れようと必死らしい…。
「今からお前がやるんだぞ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「は?」
師範と店長、同時に声を上げた。

「当たり前だろう、俺はお前の代わりにサービスしたんだ。 当の本人が来たのだからちゃんとお前がサービスしなおすのだ。」

「…何だか理屈がサッパリなんですが…。 まぁいいですよ、で、何をすればいいんです? ちゃんと幸志朗さんが喜んでくれる事でしょうね?」

「背中流すのと泡踊りだな」

「…阿波踊り? それ、サービスになるんですか? そもそも自分、阿波踊りなんて出来ませんよ?」

「安心しろ、俺が手伝ってやろう」

「…まぁ、それなら別にいいですけど…」

さて、店長の不用意な了承でどういう事になったかというとー


こうなりました。

そしてこれだけの事をしておいて、後は二人でとか何とか言ってあっさり帰ってしまったにろさん。
おかげで二人は顔を真っ赤にしたままロクに会話も出来ずにいた。

恨みますぞ、叔父上殿…!! いや、

ある意味、崇めますけど…!!!

これで3ヶ月は困らぬが(←何に?)、この後店長さんとどう話をすればよいか…

そうだ、プレゼント…

「あ、あの…」
「幸志朗さん!!」

うわっ!! ビックリした!!!

「ちょっと…お水頂きたいんですけど」
「え、えぇ…どうぞ…」

師範の答えを聞くと、恥ずかしそうにしたまま店長が台所へと消えた。

いつもの大部屋に入り、今後の展開をシミュレートする。
そう、まずはやはりプレゼントからだろう。 これを開けさせて頂いて、そこから会話を少しずつ…
そう考え始めたその時、台所からドタドタと凄い勢いで走ってくる足音が聞こえた!

バッと襖が開くと、店長が物凄い興奮していた。

「幸志朗さん! これ、どうしたんですか!!?」

手に、一本の酒瓶を持っている。

「これ、幻の銘酒『鬼車』じゃないですか!!! こんな凄いもの、どうして持ってるんですか!!? うわー、凄いなー、凄いなー!! いいなー!!!」

…新郷君から貰ったヤツだ。

「…貰い物なのですが、飲みますか?」
「いいんですか!!? やったぁあああ!!!」

店長は大はしゃぎである。

そう、忘れていたが、私と店長さんがここまで仲良くなるきっかけは、一本の日本酒だったのだ。
去年の神社祭、綱引大会の景品の日本酒が飲みたくて、店長さんが知り合いに声をかけた。

あの日から、私達は毎朝ただ挨拶を交わすだけの間柄から

「友人」へと変わったのだ。

二人は酒を酌み交わす。
先程までの恥ずかしさも吹き飛んで、楽しく笑って話をした。

店長さんからのプレゼントは、手作りの写真立てだった。
「随分迷ったんですけど、以前滝で一緒に撮った写真を差し上げたら随分喜んで下さってたから、幸志朗さん、写真がお好きなのかと思って。 でも中々上手くできなくて…」

叔父上殿が帰り際にこっそり教えてくれた。 店長さんが何やら徹夜して、それで今日遅刻しかけたのだと。 
その意味が、答えが、ようやくわかった。

ずっと、これを作ってくださってたのですね…

何か…何かお返しが出来ないものだろうか…何か…


「あ、あの…宜しければ…」


気付くと深夜になっていた。
どうやらあの日本酒、実はかなりきつかったらしい。 二人とも途中で意識が飛んで眠ってしまったようだ。

見ると、店長さんが嬉しそうに頬を赤らめてすやすやと眠っている。
顔を近づけると、眠っているのに髭が全部こちらに向いたのが面白かった。

「店長さん」

そう言うと、店長の耳がパタパタっと動いた。 可愛い…!

…眠っていても、声は聞こえているというのは本当だろうか…?
普段は言えぬ事でも、この状況なら言える気がした。

告白…

そして、そのまま…

「こ…」

店長の鼻がスピスピと音を立てた。

「こ…虎鉄……

言いかけたところで、店長の目がうっすらと開いた!
これには師範、驚きすぎて完全に硬直した!! 顔はもう真っ赤っかだ!!!

「……父さん…?」

むにゃむにゃ言いながら、小さく店長が言った。

どうやら寝ぼけているらしい。 
師範と店長は同じ猫科だ、顔面が接近している為、父と見間違えているようだ。

「…どうしたん…ですか…? 眠れないんですか…?」

「あ…あの……」

ぺろり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

師範の脳が今起こった事を理解するまで、どれほどの時間を要しただろう…
もしくはほんの一瞬だったのかもしれない、だがその一瞬の間に店長は師範の頭の後ろに腕を回し、完全に師範が逃げられない体制を確保していた。

そして…

ぺろぺろっ むちゅっ はむはむはむ ぺろり ぺろぺろっ はむはむっ むちゅむちゅっ ぺろぺろ ぺろりっ はむっ むにゅむにゅっ すんすん ぺろり ざりざりっ がさがさっ ぺろっ はむはむはむっ むちゅー ぺろぺろぺろぺろぺろ…

「…おやすみなさーい…」

父への愛をたっぷりと注ぎ、そのまま店長は再び眠ってしまった。


翌朝、店長が目を覚ますと、隣にうつ伏せで寝ている師範に気付いた。
寝苦しかろうとゴロンと師範をひっくり返した瞬間、道場に悲鳴が響き渡った。

師範の顔面は鮮血に染まっていたのだ。

それが興奮して出た「鼻血」だとは気付けぬほど、顔面中が血まみれでしたとさ。


数日後、道場が再開し、中佐も久しぶりに師範に再会した。
何やらタイミングが悪かったらしく、誕生日には随分と師範を落胆させてしまったようだ。 そのことで何か一言あるかと思ったが…

「新郷君、今後は君にはマンツーマンで指導をしようと思う。 毎日組み手をするので心するように」

ここまで凄まじいことになるとは思っていなかった…。
二人の間に何があったのか、周りの者は言及せず、ただ今後は毎回中佐がボロ雑巾になるであろうことを全員が的確に予見し、合掌した。


それが師範にとっての「ささやかなお礼」である事に中佐が気付くのは、まだ少し先のお話です。



おしまい



おまけ「にろにろ日記」

ーどうやらタン君は、虎鉄に惚れてはいるが「同性愛者」ではないらしい。
実に興味深い。

しかも、あれだけの状況にして放置されながら、ちゃんと事態を丸く収めるだけの技量も兼ね備えている。 私のフォローの出番が全くなかった程だ。

彼なら、虎鉄を幸せにしてくれるかも知れない。

だが、まだまだ結論を出すには早い!

恋愛感情に自覚が無いナギ君も良い男ではあるし、後には茶道寺君、源司さんも控えている。
さて、虎鉄の心を射止めるのは誰になる事か…。

何はともあれ、最終的には
虎鉄が幸せになってくれればそれで良い。

しかし、アイツももう少し積極性があれば、俺も変なキャラで行かずとも良いのだが…。
まぁ、可愛い甥っ子のためだ。 泡踊り位ならいくらでもするさ。

…何か、間違ってきてる気もするのだが…基本ドンマイの方向で!


おわり。

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