クーデレ誕生絵巻


「お誕生日おめでとうございまーす!!!」

「…朝っぱらからテンション高ぇよ」

店長は嬉しくって嬉しくって仕方がありません。
こうして友人の誕生日をお祝い出来るほどの仲になったことがなかったからです。


短編 「クーデレ誕生絵巻」


「いやぁ、ナギさんって意外とつかまりにくいから、ここにいなかったらどうしようかと!」

話しながら、向かいの席に座らせてもらう。

実を言うと、ナギがここに着いたのはつい先程なのだ。
今日は店長の休日、その図体に似合わず結構アグレッシブに休日を過ごす店長が心配で、朝からストーキング…もとい遠くから見守っていたナギは店長の行き先が気になった。
ズンズンズンズン自分がよく行く裏通りのオープンカフェに向かって行くのだ。

「(!! もしや…イカン!!!)」

こういう勘は異常に良いナギ! 必死こいて先回りし、席に着くとコーヒーを大急ぎで注文し、息を整え待っていたのだ。

「ご注文は?」
席に着いた店長に、この店のマスターが声を掛ける。
飲食店の店主とは思えない無愛想っぷり。 ごつい土佐犬型の犬獣人で、右目に眼帯をしていた。

「あ、えと…じゃあホットドッグとバナナジュースを…って! あ! ち、違いますよ!? ホットドッグとかって別に犬さんを馬鹿にしてるとかそういう意味じゃなくってですね!? し、しかもホットドッグにバナナジュースって!!? そ、そういうエッチな発想で注文してたりしませんから!!!」

一人で何やらいっぱいいっぱいになってる店長。
だがマスターは完全ノーリアクションで店に入っていく。 そして手早くメニューを用意するとスッと店長の前に置き、そのまま店内に戻っていった。
この他人に干渉しない徹底ぶりが、ナギがここを利用する最大の理由なのだ。

「あの、ここって眼帯限定とかじゃないですよね…?」
「な訳ねぇだろ」

クイッと顎で店主を指す。
「マスターはファッションだ。 俺と違ってちゃんと目がある。」
見てみると、眼帯を上げて新聞を読んでいる。 なるほど…。

ナギさんの左目については以前から疑問を持っているも、今は話題に挙げるのはやめよう! 何だかしんみりしそうだ!! そもそもそういう質問は失礼にあたるだろうし、今日の目的はそこじゃないしね!

「あの、ナギさん!!」
「ん?」

「これ、お誕生日プレゼントです!! どぞ!!!」

そう言うと、隠し持っていた小さな箱をナギさんにバッと差し出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

完全に意表を突かれた。
ここに向かった理由が「自分に誕生祝いを言う為」というだけで驚いているのに、まさかプレゼントまで用意していたとは…。

「な、何だよ…いい年こいて誕生日プレゼントってお前…」
言葉とは裏腹に、顔を真っ赤にし、尻尾をブンブン振っているナギさん。

「…まぁ、貰っといても良いけどよ…あ、開けていいか?」
返事の代わりにニッコリ笑う店長。
包装紙を破かないように丁寧に剥がし、箱を開けると中身をそっと取り出した。


それは、コーヒーカップだった。


しかし、そのコーヒーカップを見た途端、ナギが言葉を詰まらせた。
そのカップには

自分の似顔絵が描いてあったのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、あり…? 駄目でしたか?」

ちょっとオロオロする店長。
「コレ…お前が描いたのか?」
親指の腹でカップの似顔絵の部分を撫でながらナギが訊くと、顔を赤くしながら頭を掻いて店長が頷いた。
「一応、カップも手造りなんですよ。 波威流と弩来波が焼き物得意なんで、教えてもらったんです」

えへへと笑う店長。
ナギは少し俯きながら「俺、お前に何もやってねぇ…」と小さくつぶやいた。

「いや、いいですよ! お祝いしてもらいましたし、プレゼントなら父さんにももらってますし! ま、まぁ日本刀とか…マジビックリなもの贈ってきましたが…」

父に贈られたのは映画で使う精巧な模造品ではあったが、息子を心底引かせた!(ドンマイパパ)

「他にもにろさんには食事を…」
そう続けようとすると、ナギがいきなりズボンのポケットをモゾモゾしだした。
そしてそこから何かを取り出すと、ゴトッと店長の前に置いた。

「それ、やるよ…」

それは

銀色に輝く、懐中時計であった。

え!? い、いいですよ!! こんな高そうなもの…
いいから! 俺、それ大して使ってねぇし…」

いまだ俯いたままのナギさんを不思議に思いながらも
「じゃ、じゃぁ…その、ありがとうございます…」

自分のカップに対して、あまりに高そうなものをもらってしまって気が引けるも、その時計の綺麗さに思わず喜んでしまう店長。

「…でもナギさんって、いっつも懐中時計なんて持ってましたっけ?」

ギクゥウッッッッッ!!!

いや! 持ってたよ!! 俺、マジで普段使わねぇからさ…」

ナギが何故焦りだしたのかサッパリわからぬまま、時計をパカッと開くと
「…あの、ナギさん?」
「あ? な、何だよ…?」

「蓋の裏に『K.O.』って彫ってあるんですけど…これは…?」

ギクギクゥウッッッッッッッ!!!!!

「バッ!! ふ、ふざけんなよ!!? 何か! それがお前のイニシャルで、俺が彫っておいたとでも言うつもりか!!? お、思い上がるな!!! えと…そ、そうだよ!! 『ノックアウト』だよ『ノックアウト』!!! 俺が一番好きな言葉を彫っておいたに過ぎねぇんだからな!!!」

「……そ、そうですか。 でもちょうど自分のイニシャルと同じで何か儲けた感じです」
そう言うと、店長は満面の笑みで笑った。

ナギは、顔を真っ赤にして再び俯いた。
視線の先には、似顔絵入りのコーヒーカップ。

ナギは、その「心」に動揺していた
そのカップを見ているだけで自分の中に、信じられない速度で溢れていく、暖かな何かに

生まれて始めて貰った、誕生日プレゼント。
自分の事を少なからず想ってくれていると感じさせてくれる、似顔絵入りのコーヒーカップ。


お前は、一生気付かないんだろうな

俺が、今  泣きそうなことを
泣きそうな位  嬉しいことを

お前は、どうしてこうも簡単に、俺をこんなにも喜ばせてくれるんだろうな


店長の誕生日以来、買ったはいいもののずっと渡せずにいたプレゼントを、やっと今渡せたことも、
その気持ちと一緒に、ナギは秘密にしたのでした。


ちょっとずつでもいいから 返していきてぇな


そしてこのコーヒーカップは、殺風景だったナギさんの部屋に  そっと置かれています。
大切な大切な  宝物のように


おしまい

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