……気が付くと、ナギは見知らぬ部屋で横になっていた。
 明かりが点けられ、カーテンが閉められている。 夜……か?
 頭が半覚醒のまま、ナギは部屋の中を見回す。 シックな色調にまとめられたテーブルやパソコン、本棚。 落ち着いた大人の男性を想像しそうだが、何故だかオモチャ(しかもロボット)がいたるところに飾ってある。 大人なんだが子供っぽい……成る程、答えが判った。 キバトラの部屋か?

 そこまで考えて、ようやくナギは自分がやらかした大失態に気が付いた。
 そう、自分はあのまま気絶したのだ……!

 ヤバイ……クソッ、何たる失態だ!!


 顔が青ざめていく。 そんな折、部屋のドアが静かに開いた。 
 顔を覗かせたのは、案の定、心底落ち込んだ店長である。

「あ……気が付かれたんですね! 良かった……。 あ、あの、本当にすいませんでした……」

 ……思ったとおり、うつむいたまま、完全にこっちを見ない。

「自分……ナギさんの事、全然考えてなくって……その……」

 クソッ、馬鹿が!! 何で気絶なんてしちまったんだよ……!
 店長は、今にも目に涙を浮かべそうだ。 自分の料理の所為でナギがぶっ倒れたのだ、そりゃへこむ。
 どうする……? 半端な事言ってもこいつは立ち直らねぇ……何て声掛けりゃ良い……?
 何て言えば、いつものキバトラに戻ってくれる……!?

 ナギは、今や脳をフル回転させている! だが、今ひとつ良い答えが浮かばない。
 ……俺のチンポ見たんだし、それでチャラってのはどうだ? いや、駄目だな……そんなんじゃ納得しねぇか……?

 その時ナギの脳に二つの要素が流れ込み、ピンときた!
 一つは、微かに匂う風呂の匂いだ。 いつでも風呂に入れるようにお湯を張っているらしい。
 もう一つは、自分が今考えた言葉の中の一つの単語だ。

 これは賭けだ。 失敗すれば、本当にもうこいつは俺の前で普通には笑ってくれなくなるかも知れん。
 だが、こういう追い詰められた状況で、ナギの勝負勘は良く働いた。 それが彼を今日まで生かしてきたとも言える。
 ここしかねぇ…!

「済まねぇと思ってんのか?」
「……はい」
「俺に詫びたいとか、そういう事か?」
「……はい……」


キバトラは、ますますうつむく。 バンダナでもう目が見えない。 胸が痛い、マジで吐きそうだ。

「じゃ、俺の言う事に一つだけ従え、どうだ?」
「……! は、はい……!」


 パッと顔を上げた。 俺の目を見ている!
 こいつは自分でどうしたら良いか判らないのだ、打開策をこっちから提示してやればイケると踏んだのだ! 良し、もう一息…!

「俺と一緒に風呂に入れ」
「…え?」
「一緒に入って俺の背中を流せ」
「……えぇ?」
「あ、ちなみにタオルでチンポ隠すの禁止な」

「えぇえええええええ!!!!?」


 ナギは見事『賭け』に勝った! 店長が実は自分のイチモツにコンプレックスを抱えている(車や仕草同様、図体に似合わずこぢんまりとしているらしい)ことを、ナギは知っていたのだ。 だからこそ、敢えてそこを突いたのだ! 店長は顔を真っ赤にしてあたふたしている。 良し、いつものキバトラだ!
 ベッドから降り、軽やかに店長の横を通り過ぎる時(無論演技だ)、肩をポンと叩く。

「んじゃ、先に入ってるぜ?」

 風呂場に向かうとき、これほど鼻が利いてよかったと思ったことはなかった。

ザパーッ

 風呂に浸かりながら、ナギは心底ホッとしていた。 両手でお湯をすくい、顔をバシャッと叩く。

どアホウが…あいつをへこませやがって! 匂い如きで気絶なんてしてんじゃねぇぞ!!

 ナギが己に喝を入れていると、そーっとバスルームのドアが開いた。
 目を向けると、顔を真っ赤にした店長が、伏し目がちにそろそろと入ってきた。 言われたとおり、タオルで隠してはいないものの、なーんとなく右手を股間の前に持ってきている。 隠せている訳ではない、ただ全開にしていないだけである。 その姿が、何とも可笑しかった。

 ザバッと音を立てて浴槽から上がり、店長のまん前に立つ。 わざと見えやすいように、少し大股開きで向かい合う。 恥ずかしさで視線を落としていた店長は、目の前に思いっきりナギのモノを突き付けられ、ビクッと視線を上げた。

 ナギが自分を見ていた。 優しい目だ。 店長も肩の力が抜け、少し微笑んだ。
 いつもの店長。 そうナギが考えた時、初めてその姿のおかしさに気付いた。 いつもどおり……?


「お前、何で風呂場でバンダナしてんだ…?」
「…バンダナじゃないですよ、ほら、白いでしょ? タオルですよ」
「ウソつけ、形がもうバンダナじゃねぇか、いいから取れ」


 引っ張ろうとすると、店長が両手でタオルバンダナを押さえて必死に抵抗する!

「イ、イヤですぅううう!!!」
「お前、今チンポ丸出しだぞ? ブラブラしてんの丸見えだぞ?」

 ナギの言語攻めにも、店長の抵抗は揺るがない!

「い、いいですよ! 良くはないですけど、百歩譲ってオチンチン見られるのはいいです!! でも自分、獣寄りですからっ! 頭の縞々の剥げてるのだけはっ、虎のプライドで見られたくないんですーっ!!!」

 ナギは瞬間ポカンとした。 今こいつ、凄い事言わなかったか……?

「お前…『獣寄り』なのか…?」
「? えぇ、そうですよ?」
「俺が『獣寄り』だと知って、気ぃ遣ってんじゃねえのか?」
「……ナギさんも『獣寄り』なんですか?」


 呆気に取られるナギ。

「はぁ? お前、俺のションベンするとこ見たろ…!?」
「えぇ、見ましたけど……? あぁ、アレ
野生が出ちゃってたんですか?」
「……お前、何だと思ってたんだよ……?」
「てっきり人目を忍んで何かのプレイの練習をしているのかと、 木を相手に見立てて……」

「フ ザ ケ ン ナ!!!!!」

本当に、この男は〜! 能天気にも程があるわ!!

「つかお前、良かったのかよ? 俺にばらしちまって」
「え? 良いですよ、別に。 ナギさん『お友達』ですし」
「……『お友達』ってお前……子供かよ……?」


 そう言うと、ナギはくるっと向きを変え、ドカッと座った。

「ホラ、さっさと背中流せよ!」
「は〜い♪」

 微笑みながら店長が背中を擦り始めた。 ナギは自分の顔が真っ赤なのをキバトラに見られないかと気が気ではなかったのだが、少しすると自分も口元が緩んだ。

 
キバトラの笑顔が好きだ。 キバトラの笑顔を見てると自分も自然と口元が緩む。


 俺は、奪う事で生きてきた。 奪う生き方しか出来ない。 それが何より自分が『ケダモノ』である証拠なのだ。
 だが、彼といるときは違う。 彼と、こいつと、キバトラと一緒にいるとき、俺は……


「良し! 洗い終わったら次は俺がお前の背中流してやるよ」
「えぇ? い、いいですよ〜」
「ならお前のチンポ洗ってやろうか?」
「な、何言ってるんですか!!? そんな事言うなら自分だって洗っちゃいますよ!!?」
「おう、どうぞどうぞー」
「えっち! 恥知らず!!」



俺は……インテリを気取るより、何をするより、キバトラと一緒にいる時に、一番『ヒト』でいられる。


風呂場に二人の笑い声が響いた。

ナギが、自分のその気持ちが『好意』ではなく『恋愛感情』である事に気が付くのは、まだまだ先のお話。

おしまい。


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