森の中を歩く二人。 会話ゼロ。

 何か気の利いた話をしようにも、そもそも後ろを振り返る勇気がない。 何故なら……


物凄い目で睨まれている気配がする……


 実際には、ナギは店長を睨んでいる訳ではない。 ただただ、へこんでいたのだ。

 思いっきりチンポ見られた……(宴会時の記憶なし、寝てすぐにタン師範に服を着せられた)。

 まぁいい、良くはないがそこはまぁいい、妥協しよう。 問題は……
小便を見られたことだ。 普通に見られるのだって恥ずかしいだろうに、よりにもよってあの体勢を、よりにもよってキバトラに見られてしまうとは…。
 下半身丸出しで片足上げて木に放尿、一発で『獣寄り」』だとバレただろう……。
 キバトラはその事で蔑(さげす)んだり、軽蔑するような奴じゃない、そんなことは気にしちゃいない。
 むしろ……その事で気を遣われるかも知れない。 それがとてつもなく嫌だった。

 キバトラとはいつだって真っ直ぐに接したかった。 お互い何の気も遣わずに、『普通に』していて欲しかった

 キバトラにだけは……知られたくなかった……

「あのな……キバ」
「ナギさん…!!」

うぉっ!!?

 前を歩いていたキバトラが、いきなりこちらを振り返って大声を上げるもんだから驚いた!
 よく見ると、何やら真剣な顔をしている。

「な……何だよ……?」
「あの、お暇でしたら………これからお昼、ご一緒しませんか……?」


 昼……? そういやもうそんな時間か、確かに小腹が空いてきた。

「ほら、もう森林公園に抜けますよ?」

 ……森林公園?

 キバトラが行く先を指さす。 木々の間から、暗い森の中に眩しい光が差し込んでいる。
 そのままキバトラに導かれ光の中に進むと、目の前がパッと開けた。

 眩しさに慣れてきて、薄目にしていた隻眼をゆっくり開くと、丈の短い草が生い茂った広い土地と、そこかしこに置かれたベンチが視界に入ってきた。
 振り返ると、巨大な森が眼前に聳(そび)え立つ。 自身が今まで迷っていた森の大きさに改めて驚くとともに、住宅街の外れが森林公園になっていたのかとそこでようやく気が付いた。
 足元の草を、木々を揺らす心地よい風と、わずかに香る優しい草原の香り。 森の中とは明らかに違うその空気に、ナギは思わず深呼吸してしまう。

 スゥっと、先程までの重い空気が、その新鮮な空気と入れ替わりで身体の外に出て行った気がした。

「今日は休日を頂いていて、天気も良かったんでたまにはここでお昼でも食べようかと。 でもまだお昼までには時間があったので、森の中を探検してまして……」
「子供かお前は」


 ナギは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
 店長も普段通りの笑顔になり、ちょっと待ってて下さいと告げて森の反対側へと走って行った。

 そちら側が森林公園の入り口らしく、駐車場が遠くに見えた。
 店長はそのまま、赤とシルバーのこぢんまりとしたスリードア車(パジェロとかいう四駆車だったか…?)に駆け寄り、後部席から丸めたビニールシートとバスケットを取り出すと、再びこちらに走ってきた。
 小脇にシートを挟みつつ、肩をすぼめて両手でバスケットを持っている。 車も仕草もデカイ図体に全くそぐわねぇんだよなぁ……、そんな自分の感想に、ナギは思わず吹き出してしまった。

「? なんです?」
「あ、イヤ。 なんでもねぇ」


 未だニヤニヤしているナギに小首を傾げながら、店長は持ってきたビニールシートをその場に広げる。
 ピクニックなんかでよく使う、レジャーシートというやつだ。

「どうぞ、ナギさんも座ってください」
「……そんなデカくねぇよな、このシート。 オッサン二人で並んで座んのかよ?」
「駄目ですか?」


 ちょっと恥ずかしそうに訊いてくる店長に、ナギは小さく胸を撫で下ろす。
 『獣寄り』への気遣いなど微塵も感じさせない、本当に普段通りのキバトラ。 自分の不安が杞憂であったことに、改めて嬉しくなる。

「ま、たまにぁいいか」

 少しだけ微笑んで、ナギも店長の横に腰を下ろした。


 「はい、おにぎりどうぞ!」とキバトラが銀紙で包まれた物を渡してくれる。

 ……おにぎりだよな……?
 銀紙を開けた第一印象は、この一言に尽きる。
 いや、おにぎりなのは判る。 いわゆる『オニギリサンド』なのだ。 おにぎりを丸く平ぺったく作り、そいつで具を挟んでから海苔で巻いて固定する、そういう代物だ。 問題は挟んである具だ。 どう見ても……


「パスタだよな……コレ……?」
「わぁ、パスタだなんて格好良いですねぇ! スパゲッティですよスパゲッティ、スパゲッティカルボナーラ


 だよな、ウン、わかってる。 問題は……

 
何で炭水化物で炭水化物を挟むんだ……?

 まぁ確かにそういう食べ物はある。 焼きソバパンなんかがこの部類に入るのだが……。
 どうしようかと思っていたが、ふとキバトラの視線に気付く。 すっげぇ見てる。

バクッ

 意を決し一口食べてみる。
 ……うん、米と海苔とパスタだ。 それ以外の感想が浮かばない。 米の握り方も上手いし、カルボナーラも味濃いめでかなり美味い。 が、これらが合わさる事によるハーモニーは一切無く、それぞれが別々に自己主張している。 
 不味くはないが……別々に食った方が確実に美味そうだ。 そんな料理。


 期待と不安で見つめるキバトラ!

 だがここは、友人として、ちゃんと評価を言うべきであろう。 はっきり言ってやらなければ、何かの機会に恥をかくのはキバトラだ。

 期待と不安で見つめるキバトラ!!

 
………………


「美味いよ……」

 はい、言えませんでした〜。


 こちらの一言に喜んだキバトラ君、再びバスケットをごそごそしだす。 ちなみにバスケットは依然キバトラの膝の上、蓋を大きく開かないから中身が良く判らない……。 どうやらまだ自信が持てないらしい。


「あの、じゃ、じゃあこれどうぞ! はい、ナギさん!」

 フォークに刺して取り出したのは、どうやら鶏のから揚げだ。 ……ちょっと心構えが欲しいかな……

「ちょい待て、今右手塞がってるからよ…」
「え、あ、そうか…じゃ、はいナギさん! アーン」

 
どこの新婚だよ!!! 上手いこと間を取ったと思ったのに……ム、さて、どうしたものか……


 どうにも出来ませんでした……

 再びバクッと食うと、モムモム噛んだ。 が……

 バカな……!!? メチャメチャ美味い!!!

 正直驚いた。 絶品なのだ。 
 生姜とニンニクの効いたタレも良く染み込み、肉も柔らかい。 衣に混ぜ込まれたゴマがまた香ばしい。
 思わず
「美味い……」と素で言ってしまった。
 この反応はキバトラを大いに喜ばせた。 自信を持てたのか、ようやくバスケットの蓋を開け、その全貌を見せてくれた。

 実に、色鮮やかだ。

 サラダにミニトマト、タコ型ウインナーにから揚げ、玉子焼き、マッシュポテト。 どれも実に美味そうだ。
 …なるほど、こいつの傾向がわかってきた。 単品を作らせると上手いのだ。 だが凝りはじめると、途端に余計な工夫をし始める。 そういうタイプなのだ。
 それが判った時、あるものが気になり始めた。 バスケットの3分の1ほどを占める……ホイル包みだ。

 
……ホイルで包んだ料理、駄目だ、明らかに『凝った』料理だ……

「お! さすがナギさん、早くもこれに目を付けましたか!?」


 すっかり上機嫌になったキバトラが嬉しそうに言う。 
しまった!! 見過ぎた!!!

「ちゃんちゃん焼きとか言いましたっけ? 鮭に味噌を塗って野菜やキノコと一緒にホイルに包んで焼くお料理。 アレを作ってみたんです」

 嬉しそうに説明する店長。 いかん、今更断れん……。 だが思い返せばおにぎりだって具材それぞれは美味かった。 それに聞いてみればそう凝った料理でもない、それほど危険は無いか……?

 それが本日、ナギにとって2度目の判断ミスであった。

 パッとホイルが開いた瞬間! 突如鼻に何やら激痛が……!!?

 
い、息が……!!!

「な……何を……?」
「あ、クサヤです。 美味しいんですけど匂いが駄目って人いるじゃないですか。 外で食べるなら味噌焼きとかにすれば周りにも迷惑かからずに、かつマイルドに食べられるかと」


 数時間ホイルで密閉され、凝縮されたクサヤの匂いと、味噌の匂いが織り成す絶妙のハーモニー!!!

「おま……それ……バイオテロ……だ……ぞ……」
「え、バイオが何ですって?」

 ニコニコしながら店長がナギさんを見ると……


 ナギさんは、真っ白な灰に燃え尽きていた……


  

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