虎鉄物語 番外編


 待合室の長椅子にポツネンと座る二つの人影。
 ナギとにろさんである。

 にろさんを車で送りたいからと、自宅にパジェロを取りに帰った店長待ち。

 ナギはコーヒーまみれの上着を脱いでランニング姿になっている。
 丸めた上着を椅子に置き、鼻をかんだティッシュを捨てにゴミ箱に立つと、ついでに自販機でカップのコーヒーを2つ買って戻って来る。

 ミルクと砂糖入りの方をにろさんに渡すと


「ありがとう」

 にろさんが微笑んだ。

 「あぁ」と小さくつぶやくと、再び彼の隣に座る。

 オジキは自分をどう思っているだろうか? ナギは心配になる。

 眼帯に銃創、加えて胸の十字傷。 どう見ても、まともな人生を歩んでいない。 
 可愛い甥っ子にはふさわしくないとか、思われてるかも知れんな……。

 そんな事を考えながら、酸味ばかりで美味くないコーヒーをすすると


「虎鉄とはもうセックスしたのかい?」

ブーッ!!!!! とんでもない不意打ちに、思いっきり吹き出した!!!

「な……」

「何言ってんだよ!? んな訳ねぇだろ!! アホか!!! 俺ら男同士だぞ!!? セックスなんてする訳ねぇだろ!!!」

 ゲホゲホ言いながら凄い形相で抗議するも、にろさんは至って普通だ。

「そうかな? 男同士でもするだろ、セックス。 というか君達は付き合ってるんじゃないのか? 虎鉄が君には随分気を許しているようだったから、てっきり……」

 その言葉に、ナギの顔が真っ赤になる。

「お、俺とアイツはそんなんじゃねぇよ……」

 そう言いつつも、さっきの言葉が頭に響いた。

 俺とアイツが……セックス……? お、男同士ってどうするんだ……?
 例えば……

 アイツのチンポを咥えてやる……
 
お、お兄ちゃん……気持ちいい……

 うぉっ! な、何だこれ!?  
ムクムク……

 け、ケツの穴を貸してやれば良いのか……?
 
お兄ちゃんの中……あったかい……

 うぉおおっ!!?  何か……何だこれ!!?   
ムクムクムク……

 ベッドで抱き合う二人……
 
お兄ちゃん……大好き    気持ちよかったか? 良かったな

ワォオオオオン!!!!! やばい! コレやばい!!!

 気が付くと、ナギの大きなイチモツは完全に勃起してしまい、ズボンの前をくっきりと持ち上げてしまっていた! 思わず焦って隠そうとすると

「こんにちは!」

うわぁあああああ!!!!!

 いきなり後ろからポンと肩を叩かれ、驚き飛びのく! が、前の長椅子に衝突して、思いっきりぶっ倒れてしまった。
 声を掛けた人物も、その姿におろおろする。


「あの、す、すいません……そんなに驚かれるとは……」

 ガッと睨もうとした瞬間、ナギの動きが止まった。
 にろさんも少し驚いた表情でその人物を見ている。

 その青年は、見た目は『ヒト』であった。 だが、ナギと同じ狼の耳と尻尾を生やしている、何とも奇妙な容姿をしていたのだ。


「その、風邪……お大事にと……それだけ言いたかったんです」

 頭を何度も下げながら、青年はソソクサと病院の奥の方へと行ってしまった。

「……今の人、虎鉄の知り合いかな?」

 彼の後姿を見つめるにろさん。

「いや、見たこと無ぇな、あんなヤツ。 どうかしたのか……?」

何か考え込んでる様子の叔父に気付いてナギが訊くと

「彼の声を、聞いた気がする……」

 顎に手を付けた姿勢のまま、呟くようににろさんは答えた。


 寝ている間……多分、目を覚ます直前だと思う。

 
起きて……そう、言われた気がした


 青年と入れ替わりに店長が戻ってきた。 どうも遅くなりましたなどとニコニコしながら喋っていると、ナギの姿を見て唖然とした。
 二つの長椅子の間に倒れているナギは、またもコーヒーをかぶっていたのだ……。



「あれ? ナギさん、もう風邪治ったんですか?」

 パジェロの後部座席で身体を拭いていると、不意に店長がそう訊いてきた。

 
「は……?」と言おうとして、ナギは鼻水がすっかり止まっている事に気が付いた。

 
……いつの間に、風邪治ったんだ……?




世界は 残酷だ

でも……


 青年が病院の屋上に出ると、温かい風が髪を撫でた。

 柔らかな日差しの下、何枚もの真っ白いシーツがその身を揺らしている。
 心地よい空気を少し多めに吸い込むと、気持ちが安らぐ。

 今、屋上には自分以外にもう一人、男性が立っている。

 彼は青年に気が付くと、優しく微笑んだ。

 青年と同じ不思議な容姿。
 『ヒト』の姿をしながら、虎とも獅子ともつかぬ尻尾を生やしている。
 日差しに輝く金色の髪。 そして、遥か澄み渡る空を切り取ったかのような青い瞳。


「いきなり全快はやりすぎじゃないかな?」

 笑って青年に言うと、青年もハハハと少し困った顔を見せて笑った。


 世界は、残酷である。 青年はその事を良く知っていた。
 世界はいつでも彼を裏切る。

 『人間』だと思っていた自分
 『きっと幸せな時間がずっと続く』と思っていた自分

 彼は何度も、世界に裏切られ続けた。

 だけど今回は、良い意味で裏切られたかな……。
 少し上手い事を言ったな、と青年が内心で笑った。

 『絶対自閉のセカイ』にいた自分達に思考接触をしてきた(どうやって見つけたんだ?)双子の竜神。
 その兄を想う心に負け、システム変更の為に『こちら側』に来て目にした、彼らの兄の姿。

 そして、その兄の想い人になるかも知れない人物を調べる過程で行き着いたこの場所。 鬼種。
 その容姿と、名前……


「名前が……似ててさ……その、彼と……」

 笑って話そうとするが、上手く言葉が出ない。 
 肝心の『彼の名前』が口にできないからだ。 かつての、たった一人の、『親友』の名前

 遥か昔に先立ってしまった、彼の名前を……

 その名前を口にしようとするだけで、涙が滲む。 
 隠そうと少し俯くと、男性は何も言わず、その両腕で青年を優しく包んだ。


「ごめん……ありがとう、クロム……」

 青年はそう呟くと、彼の胸に顔を埋めた。
 クロムと呼ばれたその男性も、そのまま優しく青年の髪を撫でる。

 と、油断していたその矢先!
 青年のすばやい手つきで、上着のボタンを全て外されてしまっていた!

 焦ってあたふたと周りを見るクロム。 その姿が、青年には何とも可笑しい。
 露わになったクロムの上半身に、そっと触れる。 クロムは汗をかきながら顔を赤くしている。
 厚い胸。 筋肉に覆われた腹。 白い肌に輝く、髪と同じ金色の体毛。 そして

 心臓の辺りにある「『U』の文字と、そこから広がる波のような模様。

 それが刺青でない事を、青年は知っている。
 全く同じものが、自分にもあるからだ。
 いや、たった一つ違う部分がある。 青年の胸にある数字は『T』であった。

 それは、かつて『ケモノ』に堕ちた証。 
 多くの、数え切れない程の命を奪い、
 その『印』を持つ者同士、互いに殺し合おうとした『咎人(とがびと)』の証。

 無限とも言える時間を、二人で生きねばならない『罪人』の証……

 青年が悪戯っぽく微笑むと、クロムの方から唇を重ねた。
 未だに顔を赤くしたまま、それでも彼はキスをしてくれる。 その優しさが、青年には嬉しかった。

 自分からもキスを返し、深く求め合う。 
 クロムのズボンの留め金を外し、その中に手を入れる。

 鬱蒼とした毛の感触が伝わる。 

 唇を重ねたまま、恥ずかしさに小さな声を漏らすクロムに、青年は深い愛情を感じる。
 そのまま陰毛の下にたたずむ、クロムの逞しい男性器に触れようとした瞬間


「誰かに見られたらどうするつもりだ、このバカップルども!」

 シーツの向こうからの突然の声に、二人はビクッとした!

 現在屋上は、完全に二人の『支配下』にあった。 誰かが入れるはずが無い(まぁ、だからクロムもキョロキョロする必要なんて無かったのだが)。
 二人が注目する中、その人物は何やらもぞもぞしてから、その姿を現した。

 源司である。

 二人は彼を見、何と言うか、本当に『純血』なのだなぁと感心する。
 その姿は、かつて彼らと共に戦った友人、対象の物体を寸分違わず複製する『完全模倣犯(かんぜんもほうはん)』の血を持つオッサン、
 
御堂 樹(みどう いつき)そのものである。

 て言うか、もう全く見分けがつかない……。

 硬質化した顔面、ぶっといしっぽ。
 かなりのお年だというのに、相変わらずの革ジャン・黒ジーンズ・赤シャツ姿。

 
ん……?

 折れた右角……『リクェルト』に付けられた、額のバッテン傷……

 んんんんんんんん……?    ちょっ、

ちょっと待てぇえええ!!!?

 青年が大声を上げた!

「い、い……樹さん!!!?
「よ! 久しぶり……になるのか?」


 源司の血族のオリジナル、御堂 樹は笑って挨拶した。

「な、何が、どうなっ……!!? 樹さん、確かに死んで……」

 そう、遥か遠い昔になるが、二人は樹が天命を全うするのを看取っている。
 時間を超え、歴史を変えれるメチャクチャ神様ワールドでも、自力で生き返ることなど不可能なのだ。


「フフフ〜、悩んでいるな! 悩んでいるな〜!! ブフーッ!

 満面の笑みで、樹が満足の息を漏らす! そして、いきなり赤シャツをバッとめくって上半身を見せた。

 そこには、二人と同じ波のような模様があった。 そして数字……


「0(ゼロ)……!!?」

 そのリアクションに大満足の樹! 再びブフーッ!と息を漏らすと、

「さぁ、どういう事だ!? どういう事だっ!!?」

 嬉しそうに謎かけしてくる!
 探偵事務所を営んでいた彼は、この手のお遊びが大好きなのだ!

 しかし、サッパリわからない。 悔しいので青年もよく考えてみる。

 胸に模様があるのは、『クェルト心核』を持っている証だ。
 それが大前提なのだが、そこからおかしい!

 
クェルト心核』は、この世に二つしか存在しないのだ。


 イギリスに出現した第一クェルト、その心核より創られた『人核融合成功体第一号』たるこの青年が持つ一つ。

 ロシアに出現した第二クェルトより回収され、『人核融合成功体第二号・如月(きさらぎ)』が持ち、日本でクェルト化したのち、三人のウィルス感染者に分け与えられた心核分裂体『分核

『神の見えざる手』 『壊れた古時計』 『完全模倣犯』

 それらを再統合し、現在クロムの中にあるもう一つ。


 これで全てだ。
 元になるクェルトが二体しかいない以上、増えようが無い。

 『完全模倣犯』なら複製できるが、『対象物に直接触れる事』が絶対条件の能力だ。 しかも樹自身は既に日本での最終決戦時に、血の制御核たる『分核』をクロムに託している。

 
結論:心核は増えない

 だがそれでは現状が説明できない。

 本物の樹がいる以上、超長距離の時間移動をしている。
 『クェルト心核』の廉価複製である『神格』では、こんな移動はもって数秒だ。 時間制御能力として完全に覚醒した『壊れた古時計』以外、説明が出来ない。
 さらには『空間転移』も行っている。 神々がこれを使うには『神の見えざる手』を基に作られた『鳥居』が必要だ。 だがそんなもの、ここには無い。

 
結論:樹は心核を持っている。

 ……駄目だ、二つの命題が矛盾したまま一致しない……。


「ブッブー! 時間切れ〜!!」

 腕で大きなバツの字を作って、樹が笑った。

「正解は、子孫が創って私にくれたでした〜!!!」

「……は? はぁあああああ!!?

 無理だ! アレをゼロから創るなん…… 

 ゼロ……?

「そしてこれを創ってくれた者達を、お前達は知っているはずだぞ? なにせ……」

 

「これを創ってくれたお礼に、お前らの居そうな場所を教えてやったんだから」

 ………………

「あの双子に情報流したのはあんたか!!?」

 ツッコんでみるも、よく考えればとんでもない事だ。 あの双子が『心核』を……?

「実はちょっとした種明かしがあってな。 私の心核研究は、かなりの所まで進んでいたんだよ。 だが私には、僅かな発想と、技術と、そして何より時間が足りなかった。 だから全ての情報をブラックボックスに詰めて『神格』に内包した。 私の願いと、私の居る時間軸を示した座標と共にな」 

 それを基に……?

「彼らはな、兄の為に研究を始めたのだ。 兄を縛る法則の排除の為に、『神格』の解析から始めたのだな。 そして、到達したのだ。 常日頃より『神の力』に頼らず、己の力で物を生み出す事を続けた彼らは、私が到達できなかった所へ、到達したのだよ。 そしてほんの数秒だが過去の私と接触し、新たに創った『心核』を授けてくれた。 油性マジックで『兄ちゃんが家族以外を好きになれるよう取り計らえ!』と書かれた『心核』をな」

 笑って樹は胸の部分に親指を指した。
 だが、青年は笑ってはいなかった。 事実が判明して、その事の重さに泣きそうになっていた。


「自分が何をしたか解ってるんですか……? これから、どれだけの時間を生きて……」

 青年の声が、僅かに震えた。

「どうしてそこまで……」

 だが樹は、笑顔のままだ。

「……一緒に生きようじゃないか、なぁ」

「私達は、仲間だろう?」

 そう言って、優しく笑って見せた。
 見ると、クロムも微笑んでいた。




「で、樹。 俺ぁいつまで隠れてなきゃならねぇんだ?」


 自分も笑おうとした青年は、唖然とした。 シーツの奥から聞こえた、その声に。
 本当に、本当に……あり得ない声

 懐かしい……大好きだった『声』……

「最終決戦でグレイ君に『分核』を託す時、私が『完全模倣犯』を模倣しないと思ったか?

 樹の体には、現在「『心核』ともう一つ、『分核』が存在している。 そして、
 双子が創った『心核』に直接触れた時、それをもう一つ創ったのだ


「めちゃくちゃだよ、こんなの……ルール違反だよ……」

 立ち上がり、シーツに映ったその人影に、青年の目から涙が零れ落ちた

「ルールって言うんじゃねぇ」

 懐かしい……その言葉……



「日本人なら」



「規則と言え」



「だろ?」



「睦月」

 青年は、睦月は、シーツの向こうから現れた彼に、彼の胸に、

 飛び込んだ


「鷹人君……!」



 世界はいつも残酷で、いつでも自分を裏切り続けた

 でも、病院で聞いた笑い声を思い出す
 そして、不可能を可能にした、双子の竜神の『想い』を……

 これからは、また世界と向き合おうと思う

 だって、世界は


 こんなにも 『優しさ』に満ち溢れているのだから





「そうだ、じゃこれからは3Pという事で!」



「死んでもするか!!!」


「では、私も含めた3人でグレイ君を攻めるというのはどうかな? 睦月が口でしてもらい、私がお尻を、で鷹人がグレイ君のおちんちんや乳首や脇を舐めてあげて……」



「死んでもさせるか!!!!!」



おしまい


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