ドラゴニック・バースディ



そんなお話です(笑)


短編 「ドラゴニック・バースディ」


遮光カーテンからは、既に陽の光が差し込んでいる。 
目は覚めている。 しかし、源司は起きる事無く

一人、布団の中で悶々としていた。

そう、今日は待ちに待った、生まれて初めての「誕生日」
自分にとっては製造年月日という意味しか持たなかった日。 大好きな彼がそれに特別な意味をくれた日。

ついつい我慢が出来ず調べてしまった本日の店長のシフトは「お休み」。

本来なら喜んで良さそうなものだが、この事に源司は頭を悩ませていた。
今ではすっかり仲良くなったものの、基本的にこの二人のつながりは「トラトラ屋」なのだ。
お店に行って顔を合わせ、何か予定やイベントがあればその場で約束する。 これが基本スタイルだ。
今日も店長が出勤ならば店で話をし、夜にでも一緒の時間を過ごしたりする約束が出来たかもしれない。

が、本日店長はお休みなのだ。

…家に行ってみてはどうだろう?
「駄目だ…! それではまるでプレゼントの催促に行ったみたいではないか! 今日は私のお誕生日ですから、プレゼント頂きに参りました★みたいな…! どれだけ厚かましいのだ!」

…お店に行ってみて、二口さん…二口副店長にそれとなく…
「馬鹿か!? こんなことで叔父上の手を煩わせるような事、どちらにもご迷惑であろう…!」

…街中を歩いていれば、偶然出会ったり?
「どれだけ自分の未知なる可能性に賭けているのだ!!!」
枕にボフボフと頭をぶつける。

ハッ!! そうだ!
家に行く! 虎鉄さんが出てくる! 

「虎鉄さん。 今日一日、私と一緒に過ごして頂けませんか?」

これはどうだろう!!? ウム! なかなかに男らしい台詞ではないだろうか?
プレゼントを催促しているようにも聞こえぬし、事実一緒に過ごしたい!!

意を決し、布団から起きようとした時。 

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。
はて、弟達だろうか?

源司の家は、星見町のちょっと変わった場所にある。
ヨーロッパ形式の3〜4階建てのマンション、煉瓦作りだったり窓の形が可愛かったり、屋根の形が全て違って小さな煙突が立ち並んだりする、そんな建物が集まるおおよそ源司には似つかわしくない住宅街の一角にひっそりと隠されている。
マンションとマンションの間の小さな道に不可視の鳥居が隠されており、その向こうに空間をねじ曲げて存在する。
つまり、神々以外はここには辿り着けない仕組みになっているのだ。
しかし、源司は自分が他の神々達にあまり良く思われていないことも承知している。
自分の所に神官を送ったり、ましてや自ら足を運ぶ者など居るまい。 結果、弟達しか頭に思い浮かばないのだ。

そう、完全に油断していた。

「あ、源司さん! おはようございます!」

まさか弟達が、店長に「鳥居を自由に出入りできる」リストバンドなんていうとんでもアイテムを渡しているなんて夢にも思っていなかったのだ!

源司、弟達以外に生まれて初めて

パジャマ派である事がバレる(笑)


店長にとっても、この家はかなり意外であった。
てっきり神社などの神聖な場所に住んでいるものと思っていたのに、まさかこんな不思議住宅街に家があろうとは。 
源司の家自体も双子の旅館のような和風ではなく、和洋折衷の普通の日本住宅である事も意外だった。
居間こそ畳で座布団で「いかにも」という感じだが、風呂もトイレもキッチンも普通に洋式である。

しかもパジャマ(笑)

居間の座布団に座っていると、源司さんが顔を真赤にしながら、いつもの和服姿でお茶を持ってきてくれた。

「あ、すいません! お気遣い頂いて…」
「い…いえ…」

言葉もろくに出せない。 視線も下に向きがちで、恥ずかしさから先程より尻尾は左右にブンブン振りっぱなしである。

リストバンドの話を店長がすると、目を丸くした。 双子が怒られるんじゃないかと少し不安を感じたが、
「いやぁ! そんな凄いモノを作ってしまうとは!! 素晴らしい才能でしょう!!?」
弟自慢に花が咲いた(笑)
このお兄ちゃんは本当にどこまでも弟達には甘いらしい。

弟達がこれを店長にあげた真の目的は、兄を応援する為のものだったのだ。 兄が好意を寄せるこてっちが、いつでも兄の家を訪れることが出来るように。
兄は決してそれが可能な何かを店長にあげようとはしないだろう。 だからこそ自分達がやったのだ。

そんな弟達の想いを、兄は僅かながらも感じ取っていたのだ。 叱ろう筈が無い。

源司がいつもの調子に戻ってきたことに安心すると、店長は持ってきた大きな紙袋をテーブルの上にあげた。
「?」マークの源司だったが、ハッと自分が今日誕生日であることをようやく思い出した!

念願のプレゼント!! マ…マフラー…!!?

店長の手によりゆっくりと紙袋から取り出されたのは、四角い大きな箱である。
再び「?」マークになる源司をよそに、店長は嬉しそうに箱を開けた。

「ジャッジャーン!! お誕生日おめでとうございま〜す、源司さん!!」

中に入っていたのは大きなケーキであった。
しかし、普通の丸ケーキとは少し違った。 ドーム型になっており、その上から生クリームの山が幾つも乗せられていた。 そしてドームのてっぺんに「源司さん おたんじょうびおめでとうです!!」と書かれたホワイトチョコプレートがちょこんと乗せられている。
イチゴなどが全く乗せられておらず、見た目は真っ白だ。

何となく、雪化粧の山を連想した。 生クリームは木に見える。

「これ…ひょっとして天狗山でしょうか…?」
「!! やった!!! 見えます!!? 良かった〜!! 何だか見た目汚くなっちゃったかなーって不安だったんですよー!! でも味は保証しますよ! 自分なりに美味しく出来たつもりですから!」

満面の笑みで店長が言う。

「て…手作りなのですか!!?」

頭を掻き掻き店長が頷く。 
自分の為に店長が作ってくれた手作りケーキ。 嬉しくて嬉しくて思わず笑みがこぼれてしまう。
しかし、ほんの少し、残念だと思うところも正直あった。 何故かすっかり弟達と同じようにマフラーを貰えるものと思い込んでいたからである。 しかし、そんな事は勝手な思い込みである。 気取られまいと大いに喜んだ。

「ところで、源司さんってお幾つになられたんですか?」
「ん? 年齢ですかな?」
「えぇ。 ろうそく立てたいんですけど」

少し考える

「えぇとですな。 実際に生きている年齢ですと、ケーキの表面全てがろうそくで埋まりますな。」
マジですか!!? えーっと…じゃあ普通の獣人年齢に換算とか、出来ます?」

よくファンタジー小説などにある設定方式を提案してみる。

「う〜ん、寿命換算でしょうか? 寿命年数に対する成長速度なども全然違いますからなぁ。 ある一定段階まで成長すると、以降は殆ど年齢という概念がなくなるのです。」
「えぇ〜…? じゃ、じゃあ今の源司さんって雰囲気幾つくらいですか?」

雰囲気、という言い回しが少し面白かった。 源司はプッと笑い、笑顔のまま考えた。
「そうですな、雰囲気で言えば50代半ばから60代といった所でしょうか?」
「…お、思いのほか年上だったんですね…。 失礼とかしてなかったですか、自分?」
「ハハハ、まさか!」

店長も少し考える。
「その間の幾つかの年齢ということでしょうか? 特に決めてないんですか?」
「そうですな。 特には。」
「…じゃあ、58歳というのはどうでしょう?」

「? 58歳…?」
「えぇ。 自分が今年36歳の寅年ですよね。 つまり今年60歳の方も寅年ですから、58歳だと辰年だと思うんですけど」

ニッコリ笑って店長が言う。 そう、干支合わせだ。
店長の意向に気付き、源司も思わず笑ってしまう。

「なるほど! 58歳ですか、ではそう致しましょうか!」

ケーキ山に赤いろうそくが立つ。 大きな5本と小さな8本。 
源司は嬉しそうに、楽しそうに、その様子を眺めていた。 

生まれて初めての誕生日。 生まれて初めての「58歳」。
大好きな人か自分にくれた「58歳」

カーテンを閉めてフーっとろうそくを吹き消すと、店長が盛大に拍手をした。
包丁を借りてケーキを切る。 大きなドームをどう切ろうか考えたが、半分こにしましょうという源司さんのお言葉に甘えて半分に切った。 大きな皿にそれぞれを乗せ、一緒に食べることにした。

「お口に合うと良いんですけど」

ケーキの断面が実に面白かった。 幾つかの層になっていて、それが地層を連想させた。 底のビスケット生地から、スポンジ、フルーツがたっぷり入ったクリーム層、カスタードババロアが重なって山を成していた。
かなり凝っている。
山の頂上をフォークで切り取り、パクッと一口。

「…美味しい…!」

「…良かった」

店長の笑顔が、少し…辛かった

この人は、自分の為に、こんなにも美味しいものを作ってくれて、自分の誕生日をこんなにも喜んでくれて
だが自分は、ハッキリと一度、落胆した

マフラーを貰えなかった、プレゼントが手作りケーキであることに…ガッカリした

恥ずかしくて仕方が無かった
情けなくて堪らなかった

「虎鉄さん…私は…」

全てを正直に話してしまおう…そして謝ろう
傷つけてしまうかもしれない…嫌われてしまうかもしれない…それでも

そう思い、口を開きかけたとき

「あの、ところで源司さん。 やっぱり敬語じゃないと駄目ですか?」
想像もしない一言がいきなり飛んできた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「だって自分、ずっと年下じゃないですか。 さん付けもいいですよ。 呼び捨てとかで」

一気に源司さんの顔が赤くなる!

「ままま、まさか!!! よ、呼び捨てなど!!」
「うーん、じゃあ二人っきりの時だけでも敬語じゃなくしたり、例えば自分のことは『君』とか…?」

ますます顔が赤くなる。 もはや茹でダコの如く真っ赤である。

「お、弟達の前でもあまりくだけた話し方はしないのですが…」
もじもじしながら言ってみるが、店長は何も言わぬまま、期待の視線をこちらに向けている。

「…こ、虎鉄君…?」
「はい!」

先程から変わらぬ、満面の笑顔。

「はは、何だか少し照れてしまうね…。 僕もこういうのにはあまり慣れてないから…」

照れ笑いをしながら源司が言うと、店長が少し驚いた表情を見せた。

「ん? 何か変だったかな…? やはり似合わないかな…?」
「い、いえ!! あの、何と言うか、意外な一人称だったので…」
「一人称…? あぁ、『僕』ってやはりおかしいですかな?」

「おかしくないです!! むしろ萌えます!!!

いきなりの店長大興奮時代到来に、きょとんとする源司さん。

「あの、じゃあ早速お誕生日プレゼントを…!」
笑顔で焦りながら、店長が肩掛けリュックの中をごそごそしだした。

「え? ケーキがプレゼントでは…」
「はいこれ! お誕生日おめでとうです〜!」

絶賛大興奮中の店長は源司さんの言葉も聞こえず何かを取り出すと、テーブルの向かいの席からスススと側に寄り、手にしたものを首に巻きつけてくれた。
そう。 言わずもがな、それは源司が欲しがっていた

手編みのマフラーであった。

「これは…弟達と同じ…?」
「えぇ。 元々は源司さんのお誕生日が1月だったので、源司さんへのプレゼントはマフラーに決めてたんです。 で、波威流と弩来波もお兄さんとお揃いが良いかなぁと。 順番逆になっちゃいましたけど」

そう言って、店長は頭を掻いた。
源司の首に巻かれたマフラーは、僅かにオレンジがかった黄色である。
「この色…」
「すいません、本当は源司さんの瞳の色に合わせて鮮やかな黄色にしたかったんですけど、一番近くてその色しかなくって」
「瞳…」
「自分、源司さんの瞳の色、好きなんですよねぇ。 ほら、一度思いっきり覗き込んだ事があったでしょう? 自分のハゲが何故か治ったとき。 あの時の喜びもあったのかなぁ、自分の姿を映してくれた源司さんの瞳の色が大好きになってしまって…」

そこまで言って、自分が物凄い恥ずかしいことを口走っていることに気がつき、店長は口をつぐんで真っ赤になった。

「…ありがとう、虎鉄君。 実を言うとね、僕自身も気に入っているんだよ、この瞳の色」

そう言うと、源司は優しく微笑んだ。

「こんな嬉しいプレゼントはないよ。 本当に嬉しい。 ありがとう」

心の底から、出た言葉だった。


虎鉄君、僕はね
いつからかこの瞳の色が大好きになったんだ。

だって、この瞳の色は
君の瞳と 同じ色なのだから

でもね、僕は最初にこのマフラーを見たとき、違うイメージを連想したよ
オレンジがかった黄色い色。 それは僕が大好きな色。

僕にいつも素敵なものをくれる

僕が大好きな  「君の色」

ずっと ずっと  大切にするよ
君が今日僕にくれた 沢山のものと一緒に



思ってた以上に源司さんが喜んでくれて、ホクホク顔で帰宅した店長。
一日を源司さん宅で一緒に過ごし、沢山話をした。 主に本の話になってしまうのが、互いに本好きの性だろうか。
それでも、素敵な一日だった。
一人称「僕」の源司さん、ぶっちゃけやばかったです。 か、可愛い…。

かなりの年上に「可愛い」は失礼かと思い直しながら、帰りに源司さんがくれたお祝い返しの小さなケースを手にとる。
大したものではないと言っていたが、やはりちょっとドキドキする。
フタを開けると、中には何か白いものが詰められていた。 
手を突っ込み、引っ張り出してみると…


キャァアアアアアアアアアアア!!!!!

生まれて初めて「ギャアス」以外の悲鳴が出た瞬間であった!

何だかんだで、やはり最後は和風で締める。
流石の土地神・源司さんなのでした(笑)


おしまい

inserted by FC2 system